第3話 スザークの屋敷
「すまないが馬車は用意できないので…」
「スザーク様のお屋敷は、ここからどのくらいですか?」
「ここから、あの丘を越えて4~5kmというところかな。」
スザークはきれいな馬をひいていた。
ディーダがこちらの世界にふさわしい服を用意してくれたので、わたしはひとつにまとめ上げた髪に、紺色のワンピース、スニーカーといういで立ちだった。
少し裾の広がったスタイルのワンピースは心もとないが、毎日走りこんできた距離に比べたら5kmくらい問題なく走ることができるだろう。
「このくらいなら大丈夫です!走れます!」
「いや…」
スザークはひょいとわたしを抱き上げると、馬に腰掛けさせた。そして自分はその後ろに乗ると、片手でわたしを支え、もう片方の手で器用に手綱を引いた。
「おかえりなさいませ、スザーク様。」
屋敷に着くとすぐに出迎えたのは、厳しそうな面持ちの女性だった。
「ローザ、彼女にはここで働いてもらおうと思っている…」
ローザはいぶかしそうにわたしを見る。
わかってる、あやしいよね。
スザークはそこで言葉に詰まり、こちらを見て言った。
「名前は…」
そうだった、わたしには名前がなかったんだった。
「彼女は記憶を失っていてね。チェリーという名はどうだろう?」
ない!
自信を持って言われたけど、その名前はない!
ちらりと先ほど迎えに出た女性を見ると、すっと目をそらされた。絶対彼女も『ない…』って思ってる。
「リリィですね!!!素敵な名前をありがとうございます!!」
言い切った。
「リリィです。よろしくお願いします。」
女性も、
「リリィですね。わたしはローザと言います。」
さらっと「リリィ」の名前を受け入れてくれた。
スザークは少し納得がいかない表情を見せたが、すぐに気を取りなおし、
「ローザ、後は任せるよ。」
そう言うと、屋敷の奥に入って行った。
「かしこまりました。」
ローザが深々とお辞儀をしたので、わたしも習うようにお辞儀をした。
「このお屋敷は、魔力で守られているので、貴方のような身元のわからない者でも受け入れることができるんですよ。」
部屋を案内しながら、ローザが言った。
こんなわたしを簡単に受け入れてくれた理由がわかり合点がいった。
少し険のある物言いだったが、逆の立場だったら、と思うと申し訳なかった。
その日はお屋敷の中を案内してもらい、簡単な決まり事を教えてもらった。
この屋敷で働いているのはローザだけらしい。
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