第2話 前を見て
目を開けると今度はどこかの部屋のベッドにいた。
腕を見ると血は止まっていた。というより、傷ひとつなかった。
「気が付いた?怪我、スザーク様が回復魔法で治してくださったんですよ。」
ずっと側にいたのだろう。年配の、人の良さそうな丸顔の女性がすぐに声をかけてきた。
「あの森にひとりで恐ろしかったでしょう。腕の傷も思ったより深かったみたいで。騎士団の方々が通りかからなかったらどうなっていたことか。もう大丈夫ですからね。」
「ありがとうございます。」
「ここは騎士団団長のヴァイル様のお屋敷でね、わたしはディーダ。」
「わたしは…」
どう答えたものか戸惑ってしまう。魔法に、騎士団?この世界のことを何も知らない。記憶喪失としていた方が賢明だ。第一、話せるような素性がない。そうなると名前だけ覚えているという訳にはいかない。
「いいよ、無理しなくても。やっぱり記憶がないんだね。着ていた服、見たことないものだったし、騎士団の方々もどこか遠い国から来たんじゃないか、って。」
「ごめんなさい…」
「そうだ!目を覚ましたらお声をかけるように言われてたんだった!ちょっと待っててね。」
ディーダは慌ただしく部屋を出て行った。
これから、どうすればいいのだろう。
小説の中では、転生した人は何かしらアイテムを持っていたけれど、自分は何一つ持っていない。いきなり魔法が使えるようになってもいないようだし、聖女ってやつでもなさそうだ。
どう考えても不審者でしかない自分だけれど、何とか仕事と住むところを紹介してもらえるよう頼むしかない。
ディーダが出て行ってからしばらくして、誰かがドアをノックした。
「は、はい。どうぞ。」
あわてて身を正す。
少しして、スザークと名乗った騎士が部屋に入ってきた。
「あの、怪我を治していただきありがとうございます。」
森の中では全てが一瞬のことで顔も見ていなかったが、今目の前にいるスザークは、すらりとした長身、少し長めの銀髪で頬の大きな傷を隠していたが、きれいな顔をしている。どこか威厳のようなものも感じずにはいられない。
わたしの怪我が治るくらいの魔力があっても、ご自分のお顔の傷が治せないということはよっぽどの傷だったに違いない。それでも傷をしてもなお気品がある。不思議な感じの人だ。
「何か思い出した?」
まるで年の離れた子供を相手にするようだったが、スザークは推定30歳手前。27歳のわたしとそんなに年は離れていないはずだ。
「いえ、申し訳ございません。」
とにかく仕事と住むところだ。
「あの、助けていただいた上にずうずうしいのですが、わたしに仕事をいただけませんでしょうか。できれば住む場所も。いえ、どうか、仕事と住む場所をご紹介いただけませんでしょうか!」
とにかく必死なわたしになぜかスザークは笑い出した。
この人笑うとかわいい。違う、そんなこと今はどうでもいい。
「あの、ここがどこなのかよくわかりませんが、とにかく働かないと。生きていかなくてはいけませんから。」
スザークは笑いをこらえながら言った。
「ごめん、ごめん笑ったりして。若いのにしっかりしてるんだね。」
いやいや、わたしはたいがい「お年」の部類だけど。
「わたしそんなに若くないです。」
「あらら。」
傍らで静かにわたしたちのやり取りを聞いていたディーダが、ポケットの中から小さな手鏡を出すと、
「ご自分の年まで忘れてしまってるなんて。」
そう言いながらわたしの顔が映るように鏡を向けてくれた。
わたしは、その鏡に映った自分を見て絶句した。
これがわたしの転生アイテム?
もっとこうネットショップが使えるーとか、高価な薬草が見分けられる超鑑定能力とか、モリモリ魔力とか、他にあるじゃん!
これ??
絶望感を漂わせるわたしを見て、スザークは不思議そうにこちらを見ている。
差し出された鏡に映っていたのは、後ろで結ばれたゆるくカールした金髪、深い緑の瞳を長いまつげ、どう見ても16、7歳くらいの、幼さは残るが整った顔立ちの、いわゆる「美少女」だった。
なんかの漫画にあったっけ。「見た目は子供、頭脳は大人」って。
探偵になれって言うの?探偵なの?この世界のわたしの職業は…
「お仕事のこと、ヴァイル様にお伺いしてみますよ。と言っても、今は出かけられていてしばらくは帰ってこられないのよね。わたしの一存で決められることではないから、困ったわね。」
ディーダは本心から心配してくれている。
「この子はわたしの屋敷に連れて帰るよ。ローザも人手が欲しいと言っていたから喜ぶだろう。」
スザークはそう言うとわたしに微笑んだ。
「住むところも用意できるし、わたしのところで働くということでどうだろう?」
「ありがとうございます!ぜひお願いします!」
こんなあやしい素性のわたしに親切にしてくださってありがとうございます。
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