第二部 ホシ君の夏休み

第33話 魔核持ち少年の小さな夢

 「こんばんは~。彦根ホシでーす」


 花火大会の次の日、夕方。

 すでに夏休みにも突入しているということで、今日は早めに配信を開始した。


《こんばんは!》

《ホシくーん!》

《ホシ君きた!》

《待ってました!》

《一日で禁断症状出ました》

《高校生なんだし許してやれよw》

《配信ありがとーー》


「おわっ」


 開始数秒にもかかわらず、たくさんの視聴者が来てくれる。


 昨日は、一応『ツブヤイター』で配信なしと伝えていた。

 それでも、こんなに待ち遠しかったとの声があるのは素直に嬉しいかな。


 だけど……中にはこんな声も。


《お、街のヒーローじゃん!》

《よっ、救世主!》

《世界のホシ!》

《あれはしびれたね》

《ヒーロー!》


「うっ」


 二週間前の一件。

 あの『魔物災害』以来、こうして大げさに言われることが多くなってしまった。


 あの後も何度か配信をしたんだけど、解決後一発目の配信は、まあすごかった。

 この『ホシチャンネル』の登録者も一気に70万人を突破して、今もすでに同時接続数は10万人にまでのぼろうとしている。


「も、もう良いですから~」


《そうは言ってもねえ》

《ヒーローだしなあ》

《あれはかっこよかったよ》


「うぅ……」


 でも、過度に言われると恥ずかしくなってくる。

 この流れはしばらく諦めるしかないのかな。

 

 ちなみに、『魔物災害』については進展があった。

 あの一件の詳細をギルドがおおやけに発表したんだ。


 その中でも、特に世間を騒がせたのは『魔核』。

 なんでも、魔物が地上で生活できて、力も発揮できる「魔素の塊」なんだとか。


 それが大量に発生したことで、あの一件につながったらしい。


 でもね、そこまではいい。

 そこまではいいんだけど……


《お、ホシ君、今日も魔核使ってる?》


「使ってないですよー!」


 問題は、俺もまさかの魔核持ちだったってこと。

 知ったのはつい最近。

 街のギルドに呼ばれて告げられたんだ。


《本当に使ってないの?》

《もったいねえ〜》

《俺なら好き放題するけどなあ》


 コメント欄には色々と書かれる。

 それでも俺は使ってない。

 その理由は一つ。


「力の出し方が分からないんです」


 魔核の力は使おうと思っても使えないんだ。


 あの時は自然と力がいて来た。

 何が引き金となったのかは分からないけど、何でも出来る気がした。

 けど、今となってはそんな予感もなく。


「あれ以来、魔核の力は使えてなくて……」


 魔核の力は、いつでも解放できるわけじゃなかった。

 だから期待されても困ってしまう。


 そうして、そんな言い方をしたからか、コメント欄には質問も飛び交う。


《でも、魔核の力は使いたいんだ?》


「使いたいです!」


《へー意外》

《ホシ君でも欲望とかあるんだ》

《ちなみにどんな時に使いたいの?》


 大多数が「意外」といった反応。

 でも、そりゃそうだよ。

 俺だってあんなすごい力は使いたいに決まってる。


 俺は己の欲望を隠さずに伝えた。


「だって体育で目立てるんですよ!」


《体育かーい!》

《発想がかわいいw》

《小学生で草》

《魔核の力でホームラン( •̀∀•́ )》

《たしかに無双できるだろうけどwww》

《オーバーパワーすぎるってw》

《なんか小さい夢だなあ笑》

《一人で日本征服ぐらいできそうなのにw》

《これぞホシ君》

《唯一の魔核持ちがホシ君で本当に良かった》

《今日も日本は平和です》


「えーそうですか?」


 渾身こんしんの思いを込めたのに、同意してくれるコメントは一切見つからない。

 体育でかっこいいところを見せるって、みんなあこがれると思うんだけどなあ。


「でも、結局使えないんじゃ意味ないですよね……」


《割とショック受けてるのかわいいw》

《体育で目立てないもんねw》

《まあ大きすぎる力は身を滅ぼすから》


 意外とコメント欄の言う通りなのかも。

 まあ、ダンジョンでは力を発揮できるしいっか。

 魔核についても、追々分かってくると思うし。


《それで、今日は何をするの?》


「あ、今日はですね──」


 夏休みにも入ったってことで、良い企画を用意してるんだ~。







<三人称視点>


 一方、同時刻。

 ホシと同じ街のギルドにて。


「こんにちは。やってるかしら」


 軽い挨拶と共に、会議室へ責野が入ってくる。


「せ、責野局長! お疲れ様です!」

「お疲れ様。けど、私はもう局長じゃないわよ」

「あ、すみません! なんとなく名残で……」


 そんな元部下にも、責野はポンと肩に手を乗せた。


「じきに慣れてくれればいいわ。改めて、私のことは『責野』で」

「は、はい! 責野さん!」


 部門は別れても、相変わらずできる上司・・・・・の優しさを見せる責野。

 だが、ここで思わぬ反撃を受ける。


「でも良かったですよね、責野さん!」

「何の話?」

「今の役職にけて!」

「え?」


 責野の現在の役職は『彦根ホシ管理部長』。

 それについて、元部下は意気いき揚々ようようと続ける。


「これで責野さんも、ずっと彼のペット達を観察できますよ!」

「ま、まあ、悪くない仕事ではあるわね」

「そうではなく!」

「え?」


 若干動揺する責野。

 それにも構わず元部下は続けた。


「だって責野さん、彼の家のペット大好きじゃないですか!」

「……え?」


 一瞬、時が止まったかのような雰囲気が流れ、責野は咄嗟とっさに否定した。


「いやいやいやいや! い、一体なにを言っているのかしら!?」

「あれ、違ったんですか?」

「ち、違うわよ! あくまで仕事の一環として! よーくじっくりと観察してるだけよ!」


 口をあわあわさせながら、必死に抵抗する責野。

 そんなちょっと暴走気味の元部下を、後ろからギャル職員が口を抑えた。


「ちょっと! それは直接責野さんに言っちゃダメでしょ!」

「むぐっ! ど、どうして!」

「責野さんは立場を守るために、あえて隠してるんだから! 空気を読みなさい!」

「そ、そうだったんですか」


 小声で話す元部下の二人。

 だが、責野は一言一句聞き逃していなかった。


「ち、違うもん……」


 尻すぼみに言葉を発して、口を尖らせる責野。


 彼女がまだバレていないと思っていた「ホシのペットが好き」という事実。

 それはすでに、ギルド内で暗黙の了解となっていたようだ。


「そ、それで責野さん!」

「何よ……」


 暗黙の了解を破った男性職員は放っておいて、ギャル職員が再び話を聞く。


「今日はどういった用件で?」

「あ、ああ、そうだったわね。ちょっと相談をしたくて」

「相談ですか?」

「ええ」


 話が切り替わった途端、目をキリっとさせる責野。

 その真剣でどこか不安げな眼差しは、この街の山奥を見つめていた。

 視線の先にあるのは……ホシの家だ。


「また嫌な予感がするの」







 そうして、再びホシの配信。


「あ、今日はですね」


 視聴者からの質問に笑顔で答えるホシ。

 その瞳は、まるで夏休みにカブトムシを取りに行く少年のように輝いていた。


「地下三階『魔境』に突撃ぃ!」


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