第30話 二つの魔核、そして

<三人称視点>


 ギルド内、職員があわただしく動く中、責野が声を上げる。


「ドローンは回った!?」

「はい! 現在、彦根ホシ及び対峙たいじしている魔物を映しています!」

「上出来よ!」


 この街の東、工場近くのダンジョンから出現した巨大な魔物。

 それと共に、駆けつけた少年──ホシを映すように上空からドローンが撮影している。


「ここまでくれば魔核の存在は隠せない。それなら、少しでも映像に残すことで対策を考える方がよっぽど有意義よ」


 これは責野の独断。

 今から行われるであろう戦いを、映像記録として残しておくためのようだ。


「それにしても局長、あの魔物は一体……」

「そうね」


 ゴツゴツの黒ずんだ体を持った、二足歩行の巨大な魔物。

 上半身には光る魔核も確認できる。

 映像にとらえてなお、不気味としか言いようがない化け物だ。


 責野は嫌な予感を口にする。


「……あれ自体が、魔素の巨大な塊・・・・・・・のようなものかしら」

「「「!!」」」

「言うならば【魔素まり】ね」


 責野の言葉にひきつった顔を見せる職員たち。

 それでも責野は真っ直ぐに映像を見つめていた。

 

「それでも……それでも彼なら」


 そう言いながら思い返すのは、ほんの三分前のこと。


───


「……ふが?」


 リビングで口を開けながら寝ていたホシ。

 スマホに通話がきていることに気づき、咄嗟とっさに体を起こして応答する。


「もしもし?」

『彦根ホシ君ね。責野です』

「え、責野さん?」


 当然、ホシにも聞き馴染なじみのある名前だ。


(引っ越してきたお隣さん!)


 しかし、責野の言葉は少し重ためのよう。


『まずは、ごめんなさい』

「え?」

『私はあなたに謝らないといけない』


 開口一番、責野はホシに謝罪をする。

 ギルド関係者であることを隠して、ただのお隣さんかのように振る舞っていたことについてだ。


『……』


 今から責野は、自分がギルド局長であることを自白する。

 ホシの協力をあおぐために。

 

『私は実は──』

「知ってましたよ」

『!』


 だが、責野が伝える前にホシが口を開く。

 あたかも全て知っていたかのような口ぶりだ。


『知ってたの?』

「はい」

『……そう、なのね』

「責野さん、あなたは本当は──」

 

 若干の罪悪感を覚える責野。

 目をつむってその言葉を待った。


「うちのペットが好きなんですよね」

『……はい?』


 だが返ってきたのは、予想とは大きく違った言葉。


(いや、間違ってはない。ないけど!)


 困惑する責野はよそに、ホシは続ける。


「俺、世間知らずで。ペット達がすごい魔物だと知らずに、留守中は家の外に出さないようにしてたんです。おじいちゃんにそう言われてましたから」

『え、うん』

「でも、ペット達もやっぱりたまには外に出たがるみたいで」

『……』


(なんの話をしているのかしら……)


 もう返事をする間もなく、責野は話に耳を傾け続ける。


「そんな時です。俺が学校に行ってから、たまに責野さんがペットの面倒を見てくれてるって知りました」

『……そ、それが?』

「俺、嬉しかったんです」

『!』


 ホシは感謝を伝え続ける。


「家に帰ったら上機嫌のペット達がいる。それは責野さんのおかげだったんですよね。魔物を怖がらずに面倒を見てくれる責野さんに対して、お隣さんに恵まれたなって思いました」

『それはどうも』

「だから俺、やります」

『……!』


 “だから”の意味はあまり分からなかったが、ホシは決意を見せる。


「何かお願いがあるんですよね」

『そうね』

「責野さんの為なら、なんでもしますよ」

『じゃ、じゃあ……』


 責野はごくりと固唾かたずを飲んでホシに告げた。


『──この街を救ってほしいの』


───


 責野はもう一度目を開いて、確信を言葉にする。


 『コメントをくれたから』という理由だけで、Sランク深層までヒカリを助けに行ったホシ。

 独特な感性なのは間違いないが、責野はその時と同じものを感じた。


「彼ならやってくれるわ」







「街をおそった罪は重いよ」


 鋭い目付きでそう言い放つホシ。

 そんな少年の存在に、もちろん【魔素溜まり】も気づいている。


「ヴオオオオオオォォォ……!」


 だが、ホシは引かない。

 責野の言葉を信じたのだ。


『今のあなたは地上でも力を発揮できるはずよ』


 その言葉を胸にぐっと足に力を入れた。


「うん、いける気がする」


 そして確信した。

 今の自分は、自宅ダンジョンの時と同等の力を発揮できると。


 ホシは全開でその場をり出す。


「とうっ!」

「ヴオォッ!?」


 その跳躍は高く速く、一瞬にして巨大な魔物と目線を合わせる。

 ビル四階分は飛んでいるだろう。


「うおっ! すげえ!」


 やはりホシは人類初の『魔核持ちの人間』。

 それが確定した瞬間であった。


 ダンジョン内と同等の力を発揮するホシをギルドのドローンが捉え、リアルタイムで日本中が熱狂する。


《は!?》

《地上でも力使えんのか!?》

《誰なんだあいつ!》

《地上の魔物に向かってる!?》

《うおおおいけええ!!》

《ホシ君いけええ!!》


 配信されているのは『ギルド公式チャンネル』。

 チャンネルを登録していた者、速報から災害の様子を見に来た者、ホシ君のファンの者、日本中の様々な視聴者が見に来ている。


 同時接続数はなんと300万人。

 それでもなお、数字はまだまだ伸びていく。


 だが、


「うおおおおおお!」

「ヴオオオオォォ!」


 【魔素溜まり】の巨大な腕に対して真正面から向き合うホシ。

 迎え撃つ態勢である。


《はあ!?》

《待て待て!》

《それはやばいって!》

《真正面からやるな!》

《さすがに無理あるだろ!》

《落ち着けーーー!》


「ヴオオォッ!」

「ていーっ!」


 お互いの腕が正面衝突。

 お互いと言っても、【魔素溜まり】の腕からすれば100分の1にも満たないホシの人間の腕。


「いってえー!」


 ゴツゴツの装甲が予想以上にかたかったようだ。

 ──それでも。


「ヴオオオッ!?」


 ガラガラガラと轟音ごうおんを立てて崩壊していく魔素溜まりの巨腕。


 力の根源である魔素。

 それで固められたはずの巨腕が崩れたのだ。


《まじか!?》

《勝ったってこと!?》

《ぶっ壊れたー!》

《どんなパンチだよ!》

《ねえ、あの子何者!?》

《すごすぎんだろ!!》


 一気に盛り上がりを見せるコメント欄。

 だがやはり、ホシも相当なダメージを負っているようだ。


「ぐああぁっ! ……ハァ、ハァ」


 いきなり声を上げるホシ。

 手を抑えながらホシは苦しそうにつぶやく。


「突き指……か」


《いや突き指で草》

《くっそ軽傷やんww》

《……か←これやめてくれw》

《ヒカリちゃんの時もやってたなw》

《指だけは弱いのかな》

《なわけねえだろ》

《むしろ全身が砕け散ってもおかしくないぞ??》


「くそっ。腕は、もう……使えない」


《いや使えるってw》

《※突き指です》

《俳優で草》

《演技力○》

《痛いは痛いんだろうけどねw》

《そもそも怪我が珍しいだろうからな》

《怪我に耐性ないのかw》


「こうなったら!」

「ヴオオオオオオォォォ……!」

「ほっ!」


 怒る【魔素溜まり】に対し、横の動きで翻弄ほんろうし始めるホシ。

 地面を蹴り、壁を蹴り。

 それを高速で連続する・・・・・・・


「よっ! とっ! はっ!」


 この時点で、すでに分かる者は分かるだろう。


《おいこれ!!》

《出るぞ!?》

《まさか!》

《きたああああああ!!》

《増えてきた!?》

《何が起こってる!?》


 前回見た者、見ていない者。

 反応で明らかだが、どちらにしろその全員が度肝を抜かれる動きだ。


 目にも止まらぬ速さに達したホシは、いつの間にか何十体にも分身して見える。


「おりゃああああああ!!」


《きたああああ!》

《出たああああ!!》

《ホシ君の必殺技!》

《前より増えてないか!?》

《何なのこれ!?》

《すごすぎ!!》

《いけええええええ!!》

《お星さまラッシューーー!!》


 お星さまラッシュ。

 深層にてそう呼ばれるようになった、ホシ君の『多重影分身攻撃』だ。


 高速で動き、何十人も見えるホシ。

 それらが一斉にキックで襲い掛かる。


「ヴオオオオァァァ……!」


 魔素溜まりのゴツゴツとした強靭な肉体。

 それがみるみるうちに穴ボコになっていく。


「ヴ、オオ、ア……」


《うおお!》

《崩れていくぞ!》

《やったか!?》


 もはや原型をとどめていない【魔素溜まり】。

 そのまま崩壊していくかと思われた、その時。


「ヴオオオオオオオ……!」

「!」


 最後の抵抗か、強烈な咆哮を上げる。

 ──そして。


「ヴオオオオオォォォ!」

「なんだ!?」


 どこからともなく集まってくる、青紫色の気体のようなもの。

 ショッピングモール方向、地下方向からだ。


「まさか!」


 声を上げたホシの勘は当たっていた。

 周囲から集めているのは──魔素。

 

 エリカが倒した魔物や、開いているダンジョンの入口から魔素を集めているのだ。


「ヴオオオオオオオーー!!」

「……!」


 そうして、【魔素溜まり】の動きが止まる。

 どうやら魔素は集め終えたようだ。


「ヴオオオオオオオーー!!」

「うおっ!」


 【魔素溜まり】の胸あたりでキラリと青光る、魔核。

 それが増えたのだ・・・・・




 その様子をドローンで中継しているギルド内。

 責野は机を叩いて声を上げた。


「魔核が出来た!?」


 各地から集めた魔素。

 それが結晶となり、今ここで魔核が増えたのだ。

 

「そんな。魔核の二つ持ちだなんて……」


 普通なら一つでも手が付けられない魔核持ち。

 今は彦根ホシだから倒せたに過ぎない。


「いくら彦根ホシでも──」

「局長!」

「何?」


 焦りを見せる責野に、報告を上げる職員。

 ドローンカメラをぐっとホシに寄せた・・・・・・


「これは……!」




 再び、ホシの戦場。


「ん」


 ホシのポケットから、懐中時計が落ちる。


 責野によると、これは『魔素の計測時計』。

 魔物や探索者の強さを計る物のようだ。


「ピクピクしてる」


 懐中時計は、たった今二つの魔核持ちとなった【魔素溜まり】の方を向いている。


 この針がピクピクした反応は、測定不可。

 めろんやわたあめは80辺りの数値が出たが、【魔素溜まり】は101以上であることを示す。


「まあ関係ないけど」


 そうして、懐中時計を拾い上げる中、ふとそれがホシの方向を向いた。


「あ」


 その瞬間、針ははちきれ、懐中時計は大破する。

 それは【魔素溜まり】ですら見せなかった、あまりにも異常な反応・・・・・・・・・・だった。


「ああっ!」


 ショックを受けるホシ。

 使い方が分からないなりに、おもちゃとしての愛情は芽生えていたのだ。

 懐中時計の破片を拾い上げながら、ホシは怒りの目を向ける。


「街に続いて懐中時計まで……」

「ヴオオオオォォォ!」

「もう許さないぞ!」


 明らかな八つ当たりだ。

 だが、結果的には怒りが増したホシ。

 魔核が存在するであろう胸には、三つ・・の光が灯っていた──。

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