第29話 それぞれの戦い

 ショッピングモール『ブドウ』。


「あらあら」

「グギギギッ!」


 ほんの三分前、突如として一階からあふれた魔物たち。

 だがその勢いは完全に止まり、黄緑色に光るツタで全魔物がしばり上げられている。


「よくこんなので地上に出てきたものね」

「グギャァッ!」


 エリカによるツタの束縛そくばくだ。


 黄緑色に光り、決して千切れることのないその神秘のツタ。

 それらは飛び出した魔物を縛り上げ、さらに崩れかけたショッピングモール全体を支えている。


「この看板は、あの辺だったかしら」


 その上で、エリカは手術のように建物を直していく余裕すら残す。

 地上に出てきた魔物が全て「魔核持ち」の強力な個体だったとしても、エリカの前では成すすべもなかったのだ。


 そんなエリカに、ナナミが後方から叫ぶ。


「エリカさん! 全員避難は済みました!」

「あら優秀だこと」


 ナナミは自ら率先して、建物内の人を全員避難させた。

 泣き叫んでいた女の子、逃げ遅れたおばあちゃん、多くの人々を救ったのだ。


 前回の正妻戦争のこともあり、エリカもナナミのことは認めているよう。


「じゃあ、あなたも避難しなさい」

「は、はい!」


 ナナミを見送った後、エリカは再び魔物たちに目を向ける。


「……さてと」


 そうして浮かべるのは、不気味な笑顔・・・・・・

 たまに見せる「目が笑っていない笑顔」だ。


「よくもやってくれたわね?」

「グギッ!?」


 魔物たちを縛り上げるツタの強度を高め、首を潰しにかかる。

 ナナミの手前隠してはいたが、今のエリカは怒りに満ちている。


「ここはホシ君の好きな物がいっぱいあるのに!」


 ショッピングモールをめちゃくちゃにされたことが許せなかったようだ。


「お野菜も!」

「グギッ!?」


「ゲームセンターも!」

「グギャッ!」


「ガチャガチャのコーナーだって!」

「グ……ギャ……」


 怒りをぶつける度にツタの強度が上がっていく。

 すでに魔物たちの息は絶え絶えだ。


「……いっそ」


 冷たい目を向けたエリカは言い放つ。

 

「あなたたちを炒め物にしてやろうかしら」

「グギャギャー!」


 だが、その言葉をすぐに撤回した。


「──冗談よ」

「ギャッ……!」


 そうして、エリカは遺言を聞く間もなく魔物たちの首をねる。

 血しぶきは全てツタが吸収し、ショッピングモールには一切付いていない。


「こんな雑種、食べられたものじゃないわ」


 そのままエリカが振り向いたのは、街の東の方。

 ギルドには報告があった、工場方面だ。


「あっちに方でも魔物が……いえ」


 しかし、その顔はすぐに安心したものに変わった。

 エリカがこの表情を浮かべる人物は、一人しかいない。


「もう大丈夫そうね」







 一方その頃、『原初ダンジョン』下層。


「はああああッ!」

「グオオオォォ!」


 ヒカリが、両手に持つ輝く聖剣で魔物を斬る。

 ここにいるのは全て魔核持ちだ。


「はッ!」

「グ、オォ……」


 そんな相手に、ヒカリは一歩も引かないどころかぎ倒し始める。

 一緒に戦うブルーハワイも驚きを隠せない。


「やるじゃないあんた!」

「君よりは倒してないけどね!」

「人間でそれだけ出来れば十分よ!」


 先程、ピンチをブルーハワイに救われたヒカリ。

 追い詰められていた状況からは一転、ブルーハワイとの協力で打開し始めたのだ。

 これこそ、高校生唯一のSランク探索者──日向ヒカリの実力だ。

 

 そうして、


「ギャオオオオオオオ!」


 気が付いてみれば残る魔物は一匹。


「あいつがラストかしら」

「そうみたいね」


 残ったのは鬼型魔物【オーガ】。

 通常ならばCランクといったところだろう。


 だが、ここにいるということは明らかに魔核持ち。

 その力は通常のSランクをもしのぐかもしれない。


「怖気づいた? 日向ヒカリ」

「そんなわけないでしょ!」

「へー。ホシが言ってた通りじゃない」

「え?」


 そんな中で、ブルーハワイの言葉が気になるヒカリ。


「なに、何って言ってたの!」

「ちょ、急にどうしたのよ。えらく気にするじゃない」

「だって!」

「ははーん」


 ブルーハワイはニヤアっとした顔を浮かべる。


「あんた、ホシのこと好きなの?」

「……! い、いや、別にっ!」

「わかりやす~い」


 ぷぷぷと口元を抑えるブルーハワイ。

 

「だったらなおさら、ここを抜けなきゃね」

「もう! そうじゃないって言ってるでしょ!」

「ほら、いくわよ」

「だからー!」

 

 そう言いながらも、ヒカリも聖剣を握り直す。

 すでに二人の息はぴったりだ。

 これもヒカリの対応力があってこそだろう。


「ギャオオオオオオオ!!」

「うっさいわね!」

「はああああッ!」


 オーガの大振りの金棒を華麗に躱し、二人は頭の上へ。

 

「弾けちゃえっ」

「斬る!」


 ブルーハワイは『シャボン水玉』でオーガの体を内側から崩す。

 そしてそのまま、ヒカリが脳天から地面までを一筋の光のように貫いた。


 これで魔物は全滅。

 二人の完勝だ。


「はー、やっと静かになった」

「ありがとう。ブルーハワイちゃん」

「いいって、いいって~。だってホシの友達でしょ?」

「ま、まあ……うん、多分」


 顔を若干赤くしながら、こくりとうなずくヒカリ。

 自分でも曖昧あいまいに思っているようだ。


「はっ!」


 そこでようやく目的を思い出すヒカリ。


「そうだ、地上! 地上に行かないと!」

「え、どうして?」

「魔物が飛び出しているかもしれないの!」


 通信が切れた責野には伝えられなかったが、地上には魔物があふれだしているかもしれない。


「ふーん」

 

 だが、ブルーハワイは特に興味がなさげ。

 それもそのはず、ブルーハワイは確信していたようだ。


「地上なら大丈夫じゃないかしら」

「どうして!」


 ブルーハワイは地上方向を見上げ、何か気配を探るかのような素振りを見せた。


「怒らせちゃいけない人を怒らせたもの」







 同時刻、東の工場近くのダンジョン入口。


「ヴオオオオオオォォォ……!」


 一際大きな、唸るような咆哮ほうこうを上げる魔物。


 黒ずんだ体はゴツゴツしており、二足歩行。

 上半身には、魔素の塊のような光る心臓のようなものも見て取れる。


 ショッピングモールやダンジョン内に出現した魔物よりも、明らかに巨大な個体だ。


「ふーん」


 そこに現れる、一人の少年。


「責野さんに言われて来たけど、これが親玉だね」


 彦根ホシだ。


 ただ、今のホシは怒っている風に見える。

 まるでいつかの時のデジャヴのように。


 そんな彼は鋭い目付きで言い放った。


「街をおそった罪は重いよ」

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