第28話 彦根家の者たち

 「あっちです! みんな逃げて!」


 茶髪のボブヘアを揺らしながら、一人の少女が大声を上げて指示をする。

 ダンジョン配信者としても活躍するナナミだ。 


「きゃあああ!!」

「おい早く進めって!」

「とにかく離れろ!!」


 ナナミが買い物に来ていたショッピングモールは大混乱。


 事の始まりはほんの一分前。


「「「グオオオォォォ!!」」」


 ゴゴゴゴという地震のような音と共に、突如として一階の地中から魔物の群れが現れたのだ。


 休日のショッピングモールという人が多い空間。

 そこは一瞬にして大混乱におちいった。


「皆さん、とにかく南口へ!」


 そんな中でも人々を誘導するナナミ。

 地上に出てきた魔物たちがまだ様子をうかがっているのに加え、彼女の功労もあって被害は出ていない。


(なにがどうなってるの!?)


 それでもナナミも焦りを隠せていない。

 日頃からダンジョン配信を行っている彼女は知っているからだ。


 魔物という存在の恐ろしさを。

 ただの人間がその前では如何に無力かを。


(こんなのって……!)


「!」


 そうして、ナナミは持ち歩きサイズの浮遊型カメラが起動したことに気づく。


《こんにちは~》

《ナナミン!》

《昼間から珍しいね》


 せっかく来てくれた視聴者には悪いが、挨拶もなしにナナミはカメラに向かって叫ぶ。


「ショッピングモール『ブドウ』で災害発生! 近隣住民、来ようとしている人は今すぐに離れて!」


《!?》

《どういうこと!?》

《いきなり!?》

《何があったんだ!?》


「魔物が、魔物が発生してるの!」


 この状況において、片手一つで発信できるネットは、テレビよりも早く世間へ伝えることができる。

 ナナミは人々を誘導するだけでなく、二次災害の事も考えて発信したのだ。


 ──だが、そんな時。


「グオオオオオ!」

「!」


 いよいよ魔物たちが咆哮ほうこうを上げて動き出す。

 中には鬼型魔物【オーガ】などもいるが、多くは【ゴブリン】や【オーク】といった魔物たち。


 そんなダンジョン内では比較的弱い部類だが、この状況で人がどうこうできるものではない。


「……ッ!」


 そうして、ナナミもその場から離れようとする。


「ママぁぁぁーーー!」

「うそ!」


 しかし、見えていなかった場所に、座り込んで泣き叫ぶ女の子。

 母とはぐれてパニックなのか、周りが見えていない。


「グルゥ……」

「!」


 その近くに寄る一体の魔物。

 ナナミは手を伸ばし、一心に女の子に向かって足を動かす。


「うわーーーん!」

「くっ……!」


 だが、その場所までが遠い。


「グオオッ!」

「ダメーーー!」


 女の子に魔物の手が迫った──その時。


「あらあら」

「……!?」

「グルッ!?」


 どこからともなく、黄緑色のツタが現れる。

 そのツタは女の子をひょいっとすくい上げ、ナナミの隣に着地させた。

 ついでに魔物を拘束までしていたようだ。


 ナナミはツタの元を視線で辿り、目を見開く。


「あなたは……!」

「ここのお店、ホシ君が好きなお野菜たくさんあるのに」


 そうつぶやいた女性は、被っていた麦わら帽子を取り、腕にかけていたエコバッグを地面に置く。

 隠れていた黄緑色の長い髪はふぁさっと地面に向かって伸び、真っ白な肌と相まって、神秘的な雰囲気を覚えさせる。


 女性はナナミに振り返り、ニッコリとした顔を浮かべた。


「迷わず助けようとしたのは褒めてあげるわ」

「……!」

「あとはお姉さんに任せなさい」

 

 そこに立っていたのは、エルフのお姉さん──エリカだった。

 






 同時刻。

 『原初ダンジョン』下層。


「ギャオオオ!」

「くうぅぅっ!」


 魔物の侵攻を一心に止めるのは、ヒカリ。

 両手に持つその光り輝く剣は聖剣【ヒカリ】だ。


「「「ギャオオオオオオオ!!」」」


 彼女に迫ってくるのは、D~Bランクの魔物の群れ。


 だが、苦戦するはずのないその魔物達に、ヒカリは追い詰められている。

 これまで何百・何千と倒してきたはずの魔物が、考えられない程強いのだ。


 そんな魔物に、ヒカリはある仮説を立てていた。


(こいつらも魔核持ち……!)


 思い出したは魔核の情報。

 魔核を持つ魔物は「とてつもなく強い」のだ。


「ギャオオッ!」

「……くぅッ!」


 先程、魔物から奇襲をくらった時にギルドとの接続は切れた。

 カメラは破損、それによって耳につけていたイヤホンも機能を失う。


 そこに、また新たな魔物たちが現れる。


「「「グオオオォォォ!!」」」

「そんな!」


 その姿に背筋を凍らせるヒカリ。


 出てきたのは、中層クラスの魔物たち。

 本来ならば下層クラスの魔物に一方的に倒されるはずの魔物たちが、なぜかこの下層にいる。


 ヒカリは考えたくもない事を口にした。


「こいつらも……魔核持ちだっていうの?」


 その絶望が、魔物に一瞬の隙を与える。


「グオッ!」

「──! きゃあっ!」


 後ろからの攻撃に気づかず、吹き飛ばされるヒカリ。

 勢いのまま壁に打ち付けられてしまう。


「ハァ、ハァ……」


 必死に息を整えながら、浮かべるのは悔しげな表情だ。


(これじゃ、またあの時と一緒じゃない!)


 前回はホシに助けてもらった。

 しかし、ホシに頼もしさを感じた一方で、同じぐらい自分の不甲斐なさも感じていた。

 どうして同年代のホシにできて私にできないのだろうと。


「私だって!」


 前回と似たような今の場面。

 だが、今回のヒカリは立ち上がった。


「私だって、やる時はやるんだから!」


 それでも、目の前には多すぎる魔核持ちの魔物。

 何か一手が無ければとても打開できない。


「「「グオオオォォォ!!」」」

「はああああッ!」


 ヒカリが剣を握り直し、迎え撃とうした瞬間。


「うるさいわねー」

「!?」


 後方から聞こえた謎の幼い声。


「──全員眠っててちょうだい」

「「「グオオッ!?」」」


 それと共に、ガラガラとダンジョンの壁は壊れ、ヒカリの横を巨大な水玉のような物が通り過ぎる。


「……え?」


 それに合わせて前方に目を向けるヒカリ。

 目の前には、今にも自分を襲おうとしていた魔物の大半が眠るという、異質な光景が広がっていた。


「一体、何が……?」

「まったくもー」

「!?」


 その声に反応して、ヒカリは壁が崩れた後方を振り返った。


 水玉模様の水着に、バカンス気分のサングラス。

 右手には青く光る「魔素水ジュース」を持った少女。


「あたしのバカンスを邪魔する奴は許さないわよ」


 そこにいたのは、ラフな格好をした彦根家のアイドル──ブルーハワイ。







 また、同時刻。

 ホシと同じ街のギルド内にて。


「局長! また魔物が街に現れました!」

「どこよ!」

「東の工場近くです!」


 混乱するギルド内の指揮系統。

 ナナミがいたショッピングモールに、魔物が発生してから三分。

 さらに魔物が発生した場所があるようだ。


「一体どうなっているの……?」


 責野は思い詰めた顔を浮かべている。

 ここの指揮は彼女にゆだねられているからだ。


「どうしますか局長!」

「まずは街への緊急放送! ショッピングモールと工場からは離れる様に!」

「はっ!」


 さらに、責野に飛んでくる。


「局長! 日向さんは大丈夫でしょうか!」

「……」


 ヒカリとは先程通信が切れてしまっている。

 ギルドも当然それに対応していた。

 だが、そこに立て込んできたのが地上に魔物が発生した件なのだ。


 責野は胸をぎゅっとしめつけながら答えた。

 

「日向さんは信じるしかないわ。私たちは私たちのやるべきことをやるのよ」

「は、はい!」


 そんな緊急事態に、ギルド本部から連絡が来る。


「局長、本部からの通信です!」

つないでちょうだい」


 そうして、会議室のスクリーンに本部長が映る。

 この街ではなく、首都に構える本部からの直接通信だ。

 

「責野局長! 事態は! 街はどうなっている!」

「被害はまだ確認できていません。それでも深刻になる可能性はあります」

「ではどうすればいいんだ!」


 頭を抱える本部長に対して、責野はハッキリとした強い目を向けた。

 

「一人だけ、解決できるかもしれない者がいます」

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