第27話 訪れる異変

<三人称視点>


「魔核?」


 責野とヒカリがギルドで話をする、数時間前。

 ヒカリは目を通していたデータに首をかしげた。


「聞いたことないわね」


 今見ているのは、ギルドから送られてきた『緊急案件』と題されたデータ。

 そこには、魔物の概念をくつがえすような数々の情報が載っていた。

 多くは「魔核の存在について」だ。


「こんなことって、あるの……?」


 『魔核』──大量の魔素が固まって出来る心臓のようなもの。


 これを持つ魔物は、魔素を自ら循環させることで、ダンジョン外でも生活できる。

 さらに、「魔核持ちDランクは通常Aランクに匹敵する」ほど、魔核を備えた魔物は強力に育つという。


「そんなの……!」


 ヒカリはSランク探索者にふさわしき知識量から、魔核の恐ろしさを想像する。


 魔物はダンジョン内に充満する「魔素」を吸って生活する。

 魔素がない場所では生きられないのだ。


 つまり、どんなに強力な魔物が現れようと、ダンジョンを脱出すれば安全。

 その最後の逃げ道があるからこそ、人間側の優位性は保たれていた。

 

 だが、それが地上にも侵攻できるとしたら?


「しかも……!」

 

 ヒカリの体には段々と寒気が走り始める。


 地上には魔素が存在しない。

 それはすなわち、魔素の恩恵を受けて人外の動きを発揮する探索者も、地上ではたただの人間ということ。

 魔物への対抗手段がない・・・・・・・・・・・のだ。


「そんな理不尽、まるで彼のような……あれ?」

  

 そこでヒカリの思考が一度止まる。

 “理不尽”と結びついて頭に浮かんだのは、彦根ホシ、そして彼の周りについてだ。


「ペット達も魔核を持っていたのかしら……って!」


 そうして、「強さ」、「ダンジョン外に出られる」という点から真実に辿り着く。

 だが、それと同時にヒカリは体を震わせた。


「あんなのがダンジョンから出てきたら、お終いだわ!」


 ホシの配信を思い出すことによって、魔核持ちの恐ろしさをより実感したのだ。

 仮にあれらは例外の強さだとしても、やはりただの人間が魔物に勝つ未来は想像できない。


「なら一層、私がやらなきゃ」


 今回の『魔核の調査』という依頼。

 これはギルドからの直接依頼・・・・だ。

 規則によって、受けられるのはAランク以上の探索者のみ。


「……うん」


 ホシがいてくれたらと思わないこともないが、ヒカリは決意を固めた。

 Sランク探索者というプライドにけて、依頼をしょうだくするようだ。


「私にしか務まらないものね」


 またヒカリは、何人か存在するSランクの中でも、どうして自分が選ばれたかを自覚している。

 上級探索者と配信者、それらを両立させているのはヒカリ以外に見当たらないからだ。


「映像に収めてほしいっていうのは、そういうことね」


 ギルドは映像から解析などを行うのだろう。

 そこで、ダンジョン内での撮影に長けているヒカリが選ばれたのだ。


「行こう」

 

 そうして、ヒカリはギルドへ向かった。

 それから責野局長をはじめとしたギルド職員たちと話し、直接依頼を正式に受けたのだった。








 数日後。

 ここは、以前ヒカリが挑んだダンジョン『原初ダンジョン』上層。


『日向さん、聞こえてる?』

「バッチリです」


 ヒカリの耳元に聞こえてくるのは、責野の通信。

 浮遊型カメラはヒカリの後ろで浮いているが、今回は配信ではなく、ギルドと協力してダンジョン内を調査するようだ。


『こんなことをお願いしておいてだけど、無理はしないでね』

「わかってます」

『……それは分かっていない顔よ』


 ヒカリの様子は、カメラによってリアルタイムでギルドに送られている。

 責野の言葉に対して、ヒカリは苦笑いで返した。


「でも、死ぬわけにはいきませんから」

『そうね。それに今回は討伐ではなく、あくまで調査が目的。魔核を確認できればそれでいいのよ』

「最後に確認ですが、本当に討伐をしなくて良いんですか?」


 責野はゆっくりとうなずく。


『いいのよ。本部からは地上にエサがない限り・・・・・・・・・・、ダンジョン外へは出てくることはないとの判断よ』

「分かりました」


 一応の納得を示すヒカリ。


(エサ、か。……まさかね)


 なんとなく嫌な考えを振り払い、責野に向き直った。


『私も危険が見えたらすぐに撤退てったい指示を出すわ。くれぐれも先行しないように』

「はい。責野局長」


 そうして、ヒカリが調査を開始した。





「はああああッ!」

「グギャッ!」


 ヒカリの華麗かれいな太刀筋の前に、鬼型の魔物【オーク】は倒れる。


 ここはすでに下層、奥底の領域。

 すぐそこには大きな扉がある。


『順調ね』

「はい、全然問題ありません」


 ここまではいつもと変わらない様子に、まだ余裕を残すヒカリ。

 そんな彼女に責野は慎重に尋ねた。


『……先、行ける?』

「大丈夫です」


 目の前の大きな扉。

 これを開けると、ヒカリが【死霊剣士・スケルトンキング】と戦って敗れた場所がある。


 責野の言葉は、その時の事を考えてのものだ。


「むしろリベンジをしたいです。その上で先に進みます」

『分かったわ』

 

 力強い言葉と共に、ヒカリは扉をゆっくりと開く。

 片手には本気の装備、聖剣【ヒカリ】も持ち合わせている。


(覚悟しなさい。今度こそ……)


「──って、え!?」


 だが、その目の前の光景に目を疑った。


「グギャアアア!」

「ブモオオオオ!」


 そこにいたのは、魔物の群れ。

 そして、すでに食われている・・・・・・スケルトンキング。


「どういうこと!?」


 この光景はありえない。


 スケルトンキングを食べているのは、緑色の魔物【ゴブリン】や、豚の顔をした【オーク】。


 この魔物たちはFランク、もしくはせいぜいEランクがいいところ。

 いくら束になったからといって、スケルトンキングには勝てるはずがない。


 動揺するヒカリに、責野の言葉が届いた。


『日向さん! こいつらは魔核持ちだわ!』

「えっ!?」


 ギルドでは、カメラから送られてくる映像をリアルタイムで解析している。

 その中で、ゴブリンやオークからは考えられない数値が出たのだ。

 

 となれば答えは一つ。

 これらが魔核を持って強くなっている。


 責野は迷わずヒカリに告げる。


『撤退よ!』

「……」

『日向さん!? 早く!』

「……! は、はい!」


 しかし、一瞬どこかを見上げていたかのようなヒカリ。

 彼女は上の方に何か異変・・を感じたようだ。


(今の気配は……まさか、もうすでに!?)


 撤退の道を辿りながら何かに勘づくヒカリ。

 そんなことはないと思いながらも、必死に頭を動かす。


(もし私の勘が本当なら、地上にエサが? でも、魔物のエサなんてどこに……)


「……!」


 そこでヒカリは気づく。


 エサならあるじゃないか。 

 この街の山奥に、特大のを吊り下げたダンジョンが一つ。


 ヒカリはすぐに責野に伝えようとする。


「責野局長! もしかしたら魔核持ちがすでに地上に──」

『日向さん! 前!』

「!?」







 同時刻、地上。

 ここは街中にあるショッピングモールだ。


「……? あれ、今なにか……」


 後ろを振り返り、そうつぶやいたのはナナミ。

 何か違和感のようなものを感じたみたいだ。


(なんだろう。今どこかで感じたことのある気配が──)


「……! なにっ!?」


 そうして、考え事をしている中で聞こえてくるいびつな音。

 地中の方からゴゴゴゴという、何かが迫ってくるような音が聞こえるのだ。


「なんだこれ!」

「どこからだ!」

「何の音!?」


 周りも当然気づいている。

 さらに、その音はだんだん大きく、近づいてくるような雰囲気がある。


 そして、


「止まった……?」


 一瞬のせいじゃくの後、それは一気に勢いを増す。


「「「グオオオオォォ!!」」」


 地中から、ダムが決壊するように魔物があふれだした──。

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