第23話 もしかして、かわいい……?

<三人称視点>


 ホシとナナミのコラボ配信の次の日、朝。

 空からはまぶしい太陽の光が照りつける。


「すー、はー」


 そんな中、家の前で腕を広げて深呼吸をする女性がいる。

 ホシのお隣さん(のギルド局長)──責野だ。


「んぐっ」


 からの、朝イチの胃薬摂取。

 これは予防の意味の内服。

 彼女は今から重要な任務に向かうのだ。


「いくわよ」


 責野はささっと家のへいひそみながら、周りをきょろきょろ。

 ここはホシの隣の家だ。


(彦根ホシは登校した。様子をうかがうなら今ね)


 今日の彼女の任務は「観察」。

 彦根ホシがいない間のペット達の行動・・・・・・・についてである。


「魔核持ちは特に注意が必要だわ」


 ホシの配信からも分かる通り、彼のペット達は魔核を持っている。

 つまり、ダンジョン外に出ることが可能なのだ。


「……」


 普通に考えれば、日中は彼の自宅ダンジョンに潜んでいるはず。

 それならそれで問題はない。


 だが、もしペット達が外に出てくるとしたら?


「考えただけでも恐ろしいわね」


 魔素が存在しない地上では、どんな上位探索者も普通の人間。

 地上でも力を発揮できる「魔核持ち魔物」には、何の対抗手段も持っていない。

 そうなってからでは遅いのだ。


「一応しつけはされてるみたいだけど……」


 配信を見る限りでは、ペット達はとても良い子に見える。

 ホシにも懐いていて、暴れたりはしないだろう。

 それでも、万が一の為に調査をするのがギルドの務め。


「じゃあ早速……って、うそでしょ!?」


 そうして、ついに一歩を踏み出そうとした・・・・・・・・瞬間。

 その姿を見て、責野は咄嗟とっさに塀に身を隠す。


「キュ~イ」


 視界に入ったのは、ドラゴンのめろん。

 「ふわ~あ」とあくびをしながら、ホシの家の前でふよふよと浮いているのだ。


(何で出てきているの!?)


 責野は一瞬にして冷や汗をかく。

 さらに、めろんの進行方向に目を向ける。

 その先には……街。


(それはまずいでしょー!!)


 ホシの配信ですでに有名かもしれないが、魔物は魔物。

 良くも悪くも、街が大混乱におちいる可能性が高い。


(こ、こうなったら……!)


 その場で何歩か足を踏んだ後、意を決して責野は飛び出した。


「ちょ、ちょっと待ったあ!」

「キュイ?」


 ここは人里離れた山奥。

 街まで距離があるとはいえ、これ以上進めさせるわけにはいかない。


「これ以上進んだら──」

「キュッ!」

「……! ひぃぃぃっ!」

「キュ~イッ!」


 だが、焦る責野が面白く見えたのか、めろんが彼女にびゅーんと近づく。

 めろんの方は好意を向けているようだが……責野はまるで真逆。


(無理無理無理無理! ちょっと待ってー!!)


 ギルド局長という肩書きにふさわしく、ダンジョンや魔物にはかなり詳しい知識を持つ責野。

 魔物の恐ろしさを知る彼女だからこそ、『Sランク魔核持ち魔物』という存在にビビり散らかす。


 決死の思いで、なんとかめろんを遠ざけた。


「ぐっ! ハァ、ハァ……!」

「キュイ?」


(こうなったら!)


 それでも責野は責任感の強いギルド局長。

 ダンジョン関連の事から人々を守る義務がある。

 責野はバッグからある物・・・を取り出した。


「これでも食らいなさい!」

「キュイッ!?」


 それを投げつけると、ひゅ〜ぽとっとめろんの前に落ちる。

 めろんはそれに目を見開いた。


「キュイ~!」

「よし!」


 責野が投げ付けたのは……『果物くだものだま』。

 果物ジュースを球状に固めたようなもので、大抵の魔物は好物である。 


「キュイキュイ~!」

「……! や、やった!」


 それを嬉しそうにパクパク食べるめろん。

 責野は息も絶え絶えにガッツポーズをした。


(うまくいったわ!!)


 他人や捨てられたペットへのこうした行為は問題になる可能性があるが、責野はギルド職員というダンジョン専用の公務員。


 魔物に対してやむを得ない場合、こういった行為の許可が出ている。

 この状況は彼女にとって、どうしようもない程やむを得なかったのだ。


「キュイ〜」

「……ッ!」


 しかし、めろんが果物玉を食べ終えると再び目が合う。

 とっさに身構える責野。


 今のめろんは可愛らしい小さなドラゴンだ。

 だが戦闘時のめろんを知る責野にとっては、今でもとてつもなく大きな存在に見えていた。


 ──さらに。


「ワフ、クゥーン?」

「キュイッ!」


 玄関から出てきたのは、わたあめ。

 めろんに「お、やってるー?」的なノリで挨拶をかましてきた。


「ひぃぃぃぃえぇぇぇぇっ!!」


 責野は出したこともない声を上げる。

 めろん一匹でも苦戦していたのに、Sランク魔核持ち魔物がもう一匹。


(終わった。今度こそ確実に)


 責野はその場で手と膝を付いた。


「あぁ……」


 その節に、肩に掛けていたバッグから果物玉がコロコロと転がっていく。

 すでに回収する気力はなく、ただその場でうなだれるのみ。


「キュイ」

「ワフ」

「……え?」


 だが、ふと声が聞こえて上を向く。

 そこにいたのは、小さな手で果物玉を持っためろんと、食べるのを我慢しながら果物玉をくわえるわたあめ。


「キューイ?」

「ワフゥ?」

「……あ」


 転がっていったそれらを持ってきてくれた上、「大丈夫?」と声をかけてくれてるように見える。


「え、あ、ちょっと」


 それから二匹は、四つんいになっている責野の懐に飛び込んだ。


「キュ〜イ〜」

「ワフ~」


 そうして、責野を元気づけるように見上げる。

 くりんとした瞳が下から見上げてきているのだ。


「……!」

 

 その姿にドクンとしたものを感じる責野。

 今までは、ペットを「任務対象」としてしか見ていなかった。

 見た目の可愛さは度外視に、クリア不可とも言えるミッションの標的としか思えなかったのだ。

 

「キュ~イ」

「ワフッ」

「……っ」


 だが、そんな彼女に対して、何の敵意もなく懐に入ってきた二匹。

 その姿を強制的に間近で見せられることで、責野は初めて気づく。


「もしかして、かわいい……?」


 今までは恐怖の対象・・・・・でしかなかった二匹が、急に可愛く見えたのだ。


 これは言うならば、ギャップ萌え。


 怖い怖いと思っていたギャルが、近くで見たらすごく可愛い顔をしていたようなものだ。


「かわいいーーー!!」

「キュイ~」

「ワフ~」


 責野は思わず二匹をぎゅっと抱きしめた。

 二匹も嬉しそうな顔を浮かべて責野に身を任せる。

 彼女はまた新たな事実に気づいた。


「もっふもふ! 気持ち良い……!」


 もふもふという感触の偉大さ。

 それがまた責野をメロメロにした。


「ふわあああああ……!」


 対「彦根ホシ」の責務にいた時から、ずっと響いていた胃の痛み。

 彼女自身も気づかない内に、それがすーっと消えていく。


「かわいいよお──って、はっ!?」

「……」


 と、そこで初めて察知した視線。

 責野は体を震わせながら、ゆっくりと後ろを振り返った。


「エ、エリカ……さん?」

「ふふふっ」


 後ろに立っていたのはエリカだ。

 それを見た責野は慌てて二匹を手放す。


「す、すすす、すみませんでしたーーー!!」


 からのとんでもない勢いで頭を下げる。

 彼女の腰はガラケーぐらいに曲がっている。


(私は人のペットに何を! しかもこの人に見られるなんてー!!)


 さーっと寒気が走る責野。

 ……しかし、エリカは何も言わずに彼女の隣をすっと抜けた。


「二匹は庭にでも戻しておいてくださいね」

「えっ」

「私は買い物に行きますので」


 お辞儀をしてそう言い残し、にっこりしながら歩いていくエリカ。

 ただその笑顔もこの前の「怖い笑顔」ではなく、穏やかに見える。


「ど、どういうこと……?」


 困惑する責野。

 一方でその場を去ったエリカも、ぼそっとつぶやいていた。


「ペットに近づく分には別にいいわ」


 エリカはふっとした笑みを浮かべた。

 まるでエリカ自身も癒されたような表情だ。


 そうして、不思議な力で黄緑色の長い髪を体の内部にしまい、エリカは街の方へ消えた。


「えっと……」


 そして、取り残された責野。


「キュ~イッ!」

「ワフッ!」

「……も、もうちょっとだけ」


 それからも二匹とたわむれてから、庭にそっと戻しておくのだった。



 

 




<ホシ視点>


「どうしたんだ? 二匹とも」


 学校から帰ると、めろんとわたあめがなんとなく様子が違うことに気づく。


「キュイ~」

「ワフ~」


 なんというか、二匹ともすごく上機嫌に見える。

 何か良い事があったのかな。


「まあ機嫌がいいに越したことはないか」


 二匹が嬉しそうにしてると、俺もなんだか嬉しいな。

 

「お、時間だ」


 そうして、SNSで告知していた時間になる。

 俺はカメラを操作して配信を開始した。


《ホシ君~!》

《きたあああ!》

《こんにちは!》

《ホシ君こんにちは~!》

《今日は早めで嬉しい!》

《待ってたよ~!》


 早速たくさんの視聴者が来てくれる。

 今日の内容にワクワクしてくれていたのかな。


「では今日は予定通り──」


 俺は事前に発表していた内容を改めて告げる。


「自宅ダンジョン地下二階に行きまーす」

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