第22話 正妻戦争
「わたしだって……!」
隣のエリカが、ホシの大好きなハンバーグを作っているのも分かりながら、ナナミは諦めずに料理に向かう。
そうして、両者の料理が出揃った。
「はい、ホシ君!」
先に皿を並べたのはエリカ。
やはり料理は「エリカのハンバーグ」のようだ。
庶民的料理からダンジョン産高級料理まで、ありとあらゆるものをこなす凄腕の料理人エリカの、
《出たああああ》
《エリカのハンバーグ!!》
《ハンバーグの罪は重いよ》
《うまそおおお》
《食べてえ……》
《ずるいぞホシ君!》
すでに界隈でも伝説になりつつあるこの料理。
言わずもがな、「ハンバーグの罪は重いよ」というホシの名(迷)言から神格化されている料理だ。
ホシのSNSの
「熱いからゆっくりね♡」
「はいはい」
るんっとした笑顔を浮かべるエリカ。
ホシはテキトーにあしらいながらも、ハンバーグを口に運んだ。
「どうかな?」
「……お、美味しいよ」
「やったー!」
「ちょっ、離れてって!」
エリカの口角はぐいーんと上がり、いつものように抱き着く。
ホシにしか見せないであろう甘いお姉さんの表情だ。
《ホシ君照れてる》
《お姉ちゃんめっちゃ嬉しそうw》
《ずりいぞ!!》
《俺も抱き着かれてー!》
《これは……》
《さすがに勝負あったか?》
コメント欄でも決まったかのような雰囲気が流れる。
そんな中で、次はナナミの料理のお
「……っ」
きゅっと口に力が入りながら、ホシの前に料理を出す。
だが、エリカとは違い、ナナミは少し恥ずかしげだ。
「わ、私は……これ」
「おお〜」
並べられたのは「オムライス」。
ただ、
「ちょ、ちょっと失敗しちゃって……」
それはお世辞にも綺麗とは言えないオムライス。
形がうまく作れておらず、中身が見えてしまっている。
(昨日はうまくいったのに……)
ナナミは料理が得意ではない。
元々の不器用に加えて、中学生の時から配信業に
それでも、なんとかエリカをぎゃふんと言わせたい想いで、今回のコラボに踏み切った。
界隈でエリカの料理が話題になっていたのも知っての事である。
《これはなあ》
《お、おいしそうだよ!》
《さすがにハンバーグを選ぶかな》
《お姉さんかな》
《エリママには勝てんかったか》
《相手が悪すぎる》
その出来に、コメント欄も諦めムード。
エリカのハンバーグと比べると、どうしても見劣りしてしまう自分の料理に、ナナミは止めようとした。
「ホシ。食べたくなかったら別に──」
「いただきまーす」
「……!」
だが、何事もなかったかのようにオムライスを口に運んだホシ。
ナナミは胸の前で手を包みながら、
「んー」
「……」
そして、ごくりと飲み込んで一言。
「お〜うまい!」
「……!」
親指でグッドサインを作るホシ。
ナナミの顔はぱあっと晴れた。
《おお!?》
《美味しいんか!?》
《舌が肥えてるだろうに》
《意外と見た目に寄らないのか?》
《ホシ君の優しさじゃなくって?》
「いや、ほんとほんと。美味しいよ」
「……ホシ」
不安から解放されて、若干目を
そこに、ゆら~と近づいたエリカが口を挟む。
「それで〜?」
「なんだよ姉さん」
「ホシ君はどっちの方が美味しかったのかな〜?」
口角はにっこりと吊り上がっている。
だが、やはり目が笑っていない。
《ひえっ》
《こええ》
《((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル》
《まずいぞナナミン》
《でも、決めるのは残酷では?》
「決めて。ホシ」
色々なコメントも飛び交う中、キリっとした目でホシを見つめるナナミ。
ここに来て一歩も引かなかったのだ。
「キュイ」
「ワフ」
ちなみに奥では、わたあめとめろんが「エリカのハンバーグ」を指している。
この時点で勝負はエリカの勝ちだ。
しかし、二人にとってはそちらはもはや“おまけ”。
「そうだなあ。うーん」
数秒悩んだ後、ホシは一つを指差した。
「こっち」
「……! うそ!」
「ホシ君!?」
選んだのは──ナナミのオムライスだ。
《うえっ!?》
《まさかの!?》
《まじか!!》
《ナナミンおめでとう!》
《すげええ!》
《何が起こった!?》
それにはコメント欄も大混乱。
エリカはこの世の終わりみたい顔をしてホシの肩を掴んだ。
「ホ、ホシ君? 冗談だよね?」
「え、冗談じゃないけど」
「ふええ〜!?」
その場で溶けていくエリカ。
ホシは彼女を支えながら心の中で叫ぶ。
(視聴者の前で、堂々と姉さんの料理が好きなんて言えないよ!)
すでにバレバレではあるが、姉が好きということはひた隠しにしたいホシ。
ここでエリカを選ぶことはしない。
だが、特に噓をついたわけでもないようだ。
「本当に美味しかったよ、ナナミ」
「……!」
ホシは改めて伝えた。
「ふふっ」
その様子にナナミは思わず笑みをこぼす。
勝負で言えば、二対一でエリカの勝利。
「勝負は姉さんの勝ちみたいだけど」
「うん。悔しいなっ」
それでも、その笑顔は「嬉しい」と言っているようにしか見えなかった。
そうしてホシはエリカに目を向ける。
「姉さん、姉さん」
「ホシぐぅん」
なんとかエリカを立ち上がらせた。
ちょっと申し訳ないと思ったのか、ホシは口を抑えながら伝えた。
「姉さんの料理も……その、美味しかったから。あ、ありがとう」
「……!」
その言葉に、エリカの笑顔は満開。
「そ~お? なら良かったあ!」
恥ずかしさから、普段は「ありがとう」と伝えられていないホシ。
エリカは久しぶりに聞いたその言葉に体をくねくねさせる。
すっかり嬉しくなったみたいだ。
《これはやってますわ》
《天然の人たらし》
《お姉さんちょろいww》
《なんなら一番ちょろイン》
《それだけでいいんだよなあw》
《こーれはホシ君》
《ずりい》
《何も考えずにこんなこと言えるんだもんなあ》
こうして、エリカの暴走という最悪のケースは迎えることなく、ホシとナナミのコラボ配信は終える。
この配信も同時接続数20万人を超え、二人ともバズることとなる。
ただ……
「正妻戦争ってなによー!」
トレンドの一位が『正妻戦争』だったことには叫ぶナナミであった。
★
一方その頃、ホシと同じ街のギルドにて。
「ふぅ……」
机に肘をつきながら、ため息をついたのは
お隣さんとしてホシの隣の家に引っ越してきた女性である。
だが今は、ギルドにて仕事に勤しんでいる。
「やはりなのね」
「そのようです、局長」
彼女が職員と一緒に繰り返し確認していたのは、先日の「日向ヒカリ」の配信。
ホシが助けに入った時の映像だ。
あの時は、ついホシの活躍に目が行ってしまったが、ギルド職員共々、何度もこの映像を見ることであることに気づいていたのだ。
「この【
ヒカリが戦っていた魔物が、途中から急に強さを増した。
その後の明らかにSランクに収まらない強さから、「魔核持ち」であることを確信したのだ。
「つまり、本来ならば日向ヒカリは勝っていたということでしょうか?」
「おそらくね」
責野局長は同意するように
魔核については最近判明したばかりで、分かっていないことも多いが、また一つ新たに情報を得られたみたいだ。
「魔核持ちの魔物は、最初から強いのではない。
責野局長の言葉に、職員が付け足す。
「では、もし彦根ホシが魔核を持っているなら、何らかのトリガーによって魔核の力を解放して、ダンジョンの外で人外の移動をしたと」
「そうなるわね。彼自身は、魔核の力を自覚していないでしょうけど」
この考察は当たっている。
事実、あの時のホシは
それによって、ダンジョン外でヒカリのダンジョンまで移動したのである。
「ではどうして、彼は力を解放できたのでしょうか」
「分からないわ。……いえ、まさか!」
責野局長の頭の中に「ハンバーグ」が浮かぶ。
ホシが怒っていた理由のあの食べ物だ。
「いやいや、そんなアホな話あるわけがない」
しかし、その可能性を切り捨てる。
ホシが無意識に魔核の力を解放した理由、それがまさか「ハンバーグの罪に対する怒り」だとは考えられないようだ。
「ふぅ……」
責野局長はもう一度ため息をつき、上を見上げた。
今までになかったことが次々にこの街で起こっている、そのことに何かを察知したみたいだ。
「何か嫌な予感がするわね」
それは、ダンジョンについて研究を続けてきた責野ならではの直観。
そしてその予想は、近い将来的中してしまうこととなる──。
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幼馴染が負けヒロインだとは限らないよ!
ナナミちゃんはまだまだこれからです!
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