第19話 ご近所付き合い

<ホシ視点>


「こんにちは。彦根ホシ君ね?」


 家の近くで行われている作業を見ていると、一人の方が話しかけてきた。

 スーツをビシっと決めた黒髪ロングの女性だ。


「あ、そうです。こんにちは」

「私はあの家に引っ越してきた『責野せきの任子にんこ』と言います。よろしくね」

「こちらこそです」


 責野さんは丁寧なお辞儀で挨拶をしてくる。

 やっぱり引っ越しだったんだ。


「!」


 とそこで、ハッと気づく。


 これはもしかして……初めてのご近所さんなのでは!

 やった! ご近所付き合いにはあこがれていたんだよね!


「責野さん!」

「……!? ひっ!」


 俺は嬉しくて責野さんについ尋ねてしまう。


「どこから来たんですか!」

「え、えと、ギル──じゃなくて街から!」

「へえ! どうしてこんな山奥に?」

「す、すす、すずしいところがいいなあって!」

「そうなんですね~」

「……ハァ、ハァ」


 責野さんはたくさん答えてくれた。

 山の良さが分かってくれたら良いなあ。

 

 なんて思っていると、今度は責野さんから尋ねてきてくれる。


「それ……! 懐中時計か何かかしら?」

「そうなんです! 前にダンジョンで拾って!」

「そ、そうなんだー」


 俺が持っていた懐中時計が気になったみたい。

 これは前の配信で、タカラミミックが落としていったアイテムだ。


 でもイマイチ使い方が……あ、そうだ!


「責野さんはアイテムに詳しいですか!」

「そ、そこそこ知ってる……かな」

「本当ですか!」


 俺は懐中時計を責野さんに見せてみる。


「これって壊れているんですかね?」

「どうして?」

「ここの針、うちのペット達に向けた時は動くんですけど、俺に向けた時だけ反応がないんです」

「……なるほど」


 目を見開いて興味津々そうにする責野さん。

 わざわざこんな真剣に見てくれるなんて、良い人なんだなあ。


「ちょっとやって見せてもらえる?」

「はい」


 俺は懐中時計を自分に向け、凸部を押す。

 そうすると、勢いよく針がうご……かない。


「うーん。やっぱりダメみたいです」

「……!」

「責野さん?」

「……いえ」


 一瞬表情が固まったように見えたけど、責野さんはすぐに表情を柔らかくした。


「ちょ、ちょっと分からないわ」

「ですよねー。うーん」

「ごめんなさい。力になれなくて」

「いえ! 見てもらってありがとうございます」


 挨拶も終えて、責野さんはくるりと向こうに振り返った。


「じゃあ、そろそろ私は作業に戻るわね」

「はい! これからよろしくお願いします!」

「こちらこそ──あっ!」

「ん?」


 だけど、ふいに責野さんのポケットから小さめの箱が落ちる。

 俺は拾って返してあげた。


「どうぞ」

「あ、ありがとうね! ではまた!」

「はーい」


 責野さんが家に入って行ったところで、ぼそっとつぶやく。


「ストレスでもあるのかな」


 小さめの箱には「胃薬」と書いてあった。




★ 




<三人称視点>


 ホシ家の隣に新設された家にて。


「はぅあっ!」


 玄関をガバっと開けた責野は、ようやく安心できたと言わんばかりにその場に倒れ込む。

 その音を聞き、家の中からはドタドタと人が出てきた。


「局長!」

「大丈夫ですか!」

「気を確かに!」


 責野任子、彼女の正体はギルド職員の局長だ。


「な、なんとかね……」


 その返事に、周りの者もそっと胸をなでおろす。

 この家にいる者は、引っ越し作業員を含めて全員がギルド関係者。


 ギルドは対象「彦根ホシ」を調査するため、わざわざ隣に家を建てたのだった。

 ギルド本部からの金・ダンジョン産の素材や機械を存分に使い、それはもうありえない急ピッチで。


「それにしても局長、よくお一人で」

「私がやらなくて誰がやるのよ……」


 その中でもギルド局長の責野任子、彼女は人一倍責任感が強かった。

 部下たちに全てを任せられないと、本作戦にも率先して名乗りを上げている。

 ……その分、胃は痛めているようだが。


 責野はなんとか態勢を起こしながら、職員たちに聞く。


「それより、会話内容は録音していたかしら」

「はい、ここに!」

「ありがとう。彼との会話一つすら、今後の対策の材料になるわ」


 そうして、周りの職員が支えながら、責野共々リビングへ。

 一息ついたところで職員が尋ねた。


「そういえば局長。あの懐中時計って、彼が配信でタカラミミックからドロップさせた物ですよね」

「ええ、間違いないわね」


 話題はホシが持っていた懐中時計へ。


「あれは一体なんですか?」

「……あれは『魔素の計測時計』ね。Sランクドロップアイテムよ」

「Sランク!?」


 責野は口元に手を当てながら答える。


 ホシの前では誤魔化ごまかしたが、責野は確信を得ていた。

 これもギルド局長という役職を隠すためである。


「それで、どういった物なんですか?」

「使い方は色々・・あるわ。でも、分かりやすいものとしては……魔物や探索者の強さを計る、かしらね」


 責野の言う通り、ホシが持つ『魔素の計測時計』は対象の強さを計ることができるSランクドロップアイテム。

 中に刻まれた100のメモリの内、対象者がどれほど強いかを計ることができるのだ。


 ちなみに、めろん・わたあめを計った時は80辺りを指した。


「でも、彼によると壊れていたんですよね」

「……いいえ」

「え? ホシ君の戦闘力は計れなかったんじゃ」

「そうではないわ」


 責野は目を細めながら答える。


「針は細かく動いていたわ。どこを指すか迷うようにね」

「それって?」

「あの反応は……」


 責野はまた胃を抑える。


「測定不能よ」

「「「……ッ!!」」」


 職員たちは頭を抑えながら質問を続けた。


「局長、確認なんですけど……」

「なにかしら」

「あの二匹のペット、めろんとわたあめって魔核持ちのSランク魔物ですよね」

「そうね」


 膨大な魔素を吸収してごくまれにできる『魔核』。

 それを持つ魔物はダンジョン外でも生活でき、とんでもない強さを持つという。


 あるデータによると、「Aランク魔物」と「Dランク魔核持ち魔物」が同等レベルだそうだ。


 そして、なんとも恐ろしいことに、めろんとわたあめは「Sランク魔核持ち魔物」。

 その強さは想像を絶するほどである。


 そんな二匹が80辺りの中……ホシの戦闘力は「測定不能」。

 最低でも・・・・101以上なのだ。


「「「…………」」」


 その事実に、職員たちも責野に続いて天を仰ぐ。

 彼らが考えていることが同じだろう。


(とんでもない仕事を回されてしまった……)


 すでに分かり切っていたことではあるが、いざ目の前にさらなる事実を突きつけられると、何も考えられなくなる。


 ──だが、災難はこれだけでは済まない。


 ピンポーン。


「「「……!?」」」


 突如として、家のチャイムが鳴る。


「誰か人を呼んだ?」

「いえ」

「呼んでないです」

「僕も」


 責野が確認を取るが、誰も予定はないと言う。

 彼女は「はーい」と声高々に返事をしながらも、警戒心を最大にして玄関を開けた。


 そこには……


「こんにちは~。私、エリカっていいます♡」

「あ、あぁ……」


 エルフでありホシの姉的存在──エリカがニッコリとした笑顔で立っていた。

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