第15話 日向ヒカリの挑戦

<三人称視点>


 ホシがダンジョン配信を始めたほぼ同時刻、とあるダンジョンの前。


「行こう」


 金色の横髪を耳にかけながら、少女がつぶやく。

 代名詞でもある金色のショートカットに、整った顔立ち、少し強気な表情の彼女は「日向ひなたヒカリ」。

 

 史上最年少、高校生で唯一のSランク探索者。

 主にダンジョン配信を行う『ヒカリチャンネル』の登録者は150万人。

 ビジュアルも良く、モデルやテレビに出演することもある美少女。


 輝かしい功績をいくつも持つ話題の女子高生だ。

 しかし、最近は若干お株を奪われつつある。


「……! あの子も配信やるんだ」


 原因は、ひょんなことから出てきた「彦根ホシ」という存在。


 ヒカリとホシは共に高校二年生。

 同年代のホシが活躍していることで、ヒカリの影が薄くなってしまっているのだ。


「被っちゃったか」 


 あらかじめ日程は決めていたため、ずらすことはできない。

 だが、ヒカリはむしろチャンスだと考えた。


(ここで彦根ホシより盛り上がれば、話題はまた私に向く)


 ヒカリは強く意気込む。

 ホシのありえない強さや自宅ダンジョン、その異常さは理解しているが、それでも負けたくない。


どこかで・・・・見ててよね。お母さん」


 目的のために。

 配信を通して自分の姿を届けたい人のために。


「よし」


 ヒカリは想いを胸にしまい、笑顔をバッチリ作って配信を開始した。


「みんな、こんばんは!」


《こんヒカ!》

《こんヒカ〜》

《こんばんはー!》

《ヒカリちゃ~ん!》

《こんヒカ!》


 配信開始直後だが、視聴者数はいきなり5万人。

 スタートダッシュはホシよりも多い。

 150万人の登録者は伊達じゃないようだ。


「今日は告知通り『原初ダンジョン』にきました」


《きたな》

《ついにか》

《日本最難関の一つ》

《大丈夫か》


 視聴者の反応は大体一致している。

 それほど『原初ダンジョン』が有名だからだ。


「絶対に攻略します」


 ここは原点にして頂点のSランクダンジョン。

 ランクの付け方には、中に住む魔物はもちろん、罠の多さや道中の厄介さも考慮されている。


 だが、ここのダンジョンは至極単純。


 魔物が強い・・・・・


 ただそれだけでSランクに認定されている。

 原初というのは、今のように構造が複雑化する前の前時代的だからだ。

 ゆえに視聴者もこんな反応になる。


 対してヒカリは笑顔で答える。


「準備はしっかりしてきたわ」


《頑張って!》

《応援してる!》

《ヒカリちゃんならいける!》

《いけー!》


「潜ります!」


 その期待感を背負い、ヒカリはダンジョンへ突入した。

 




「いよいよね」


 ダンジョンに潜り始めてしばらく。

 ヒカリは分かりやすく設置された大きな扉の前に辿り着く。


《さすが》

《サックサク》

《道も単純だしな》

《でもいよいよ》

《ここからだね》


 ここは『下層』ボス部屋への扉。


「ふぅ……」


 この部屋までは何度か来たことのあるヒカリ。

 それほど苦労することもなく辿り着いた。

 本番はここからだ。


《緊張する》

《あいつか》

《絶対勝てるよ!》

《応援してる!》


「開けます!」


 一息つき、気持ちを落ち着かせたヒカリ。

 それでも少し緊張の面持ちのまま扉を開いた。


「──ヴオオオオオオオ……!」


 その瞬間、部屋中にとどろうなるような咆哮ほうこう


「出たわね」


 下層の主【死霊しりょう剣士・スケルトンキング】。


 骸骨がいこつのような見た目をした、ヒカリの3〜4倍はあろうかという巨大な体。

 その体格に合う大剣と大盾。

 自ら邪気を発しているような不気味なオーラ。


「ヴゥゥ……」


 討伐記録は無し・・

 Sランク探索者を複数名含むパーティーですら何度も破れている。


 Sランクと称される魔物の中でも、屈指の強さを誇る相手なのだ。


「すごいオーラ。──でも」

「ヴォォ?」

「勝つための準備はしてきた」


《おお!》

《ついに!》

《くるぞ!!》

《ヒカリちゃんの真骨頂!》

《いけえええ!》


 コメント欄が盛り上がる。

 ヒカリが何をするのか分かったのだろう。


 ヒカリも本領発揮と言わんばかりに、腰にえた剣を構える。


 ここまで温存してきた剣だ。

 もちろん、ただの剣ではない。


まとえ」


 ヒカリが唱えた途端、構える剣は周囲の魔素を吸収し始める・・・・・・

 魔素は魔物を成長させ、探索者から人外の動きを引き出すもの。


 それを武器が吸収するとどうなるか。


「聖剣【ヒカリ】」


 魔素はまばゆきらめきを放って剣を包み、一筋の光のように伸びた。

 そして実体を持たない「光の刀身」となる。


 聖剣【ヒカリ】。

 ヒカリのために作られた彼女専用の武器だ。

 

《かっけええ!!》

《めっちゃ綺麗》

《光ってる!!》

《ヒカリちゃんらしい!!》

《これがヒカリよ》

《いけえええ!》


 これはヒカリの本気の姿。

 彼女が『閃光の剣士』とも呼ばれる所以ゆえんだ。


「倒させてもらうわ」

「ヴオオオォォォ……!」


 両者は剣を構える。

 先に踏み出したのは──ヒカリ。


「はああああッ!」


 討伐記録はなくとも、探索者が命からがらに持ち帰った攻略法はある。

 ヒカリは一気に距離を詰めた。


「はッ!」

「ヴオッ!?」


 対スケルトンキングにおいて、一番厄介なのは大剣による圧倒的な攻撃範囲。

 攻略としては近寄るのが正解なのだ。


 しかし、


「ヴオオオオオ!!」

「……! くっ!」


 そうなれば当然危険は増える。


 なんとか剣をけたヒカリだが、少しでも遅れれば致命傷となり、一撃で戦闘不能だろう。


(関係ない! かわし続けるだけ!)


「まだまだぁ!」

「ヴオオッ!?」


 それでも、見事な体さばきで接近戦を仕掛け続けるヒカリ。

 避けては反撃を繰り返し、一切の攻撃をもらうことなくダメージを与え続ける。


《うおおおおおおお!!》

《押してるよ!》

《まじでいける!!》

《ヒカリちゃん!》

《勝てるぞ!!》

《ついにこいつを倒すのか!!》


 コメント欄は多いに沸き、視聴者数は自己最高の20万人。

 現在、裏で行われているホシの配信と比べても遜色そんしょくがない。


 それほどに快挙を成し遂げる瞬間だったのだ。


「はああああああああッ!!」

「ヴオオォォッ!!」


 そうして、攻撃を躱しながらの最後の一閃。

 剣を振り抜き、ヒカリの手には感触が残る。


(勝った……!)


 確信したヒカリは、チラっとカメラの方を見る。


 この瞬間を見てほしかった。

 そう思うばかりに、普段なら絶対にしないであろう「油断」というミス。


 ──それがあだとなる。


《ヒカリちゃん!》

《まだだよ!》

《後ろ!》

《立ち上がってる!》


「え? ──うあぁっ!?」


 咄嗟とっさに振り返った先には大剣。

 ヒカリもギリギリで反応して直撃はしなかった。


 しかし、


(足をくじいた……。腹部も……!)


 ダメージは確実に受けていた。


「ど、どうして……」


 剣を杖のようにしてなんとか立ち上がるヒカリ。

 今の感触は確実に仕留めたはずだった。


 普通の・・・スケルトンキングならば。


「──ヴオオオオオオオォォォ……!」

「なに、あれ……」


 スケルトンキングの胸あたりに「光る心臓」。

 この個体はイレギュラー。

 つまり『魔核持ち』だったのだ。


「ヴオオオオッ!!」

「くうぅっ!」


 だが、世間には知られていない魔核の存在。

 ヒカリも魔核の知識はなかった。


(急に強くなった……!?)


 今のスケルトンキングは、めろん・わたあめでいう巨大化の状態。

 通常時で互角だったヒカリに勝ち目はない。


「ヴオオオッ!」

「なっ!」


 しかも、入口を扉を破壊されてしまった。

 これでは地上へ戻ることはできない。


《ヒカリちゃん!》

《なんだよこれ!》

《勝ったんじゃねえのかよ!》

《逃げて!》

《後ろしかない!》

《ちょっとコメントしてくる!耐えててくれ!》


「でも、後ろは……」

「──ヴオオオオオオッ!!」

「くっ!」


(仕方ない……!)


 ヒカリは後ろへ飛び込んだ。

 しかしそこは──深層への入口。





「ハァ、ハァッ!」

「──ヴオオオォォォッ!」

「まだ追ってくるの……!」


 深層へ入り、命からがらに逃げ惑うヒカリ。


《ヒカリちゃん!》

《どうにかならないのかよ!》

《こんな場所無理だろ!》

《誰か呼びに行ったんじゃねえのか!?》

《誰がこんなとこ来るんだよ!》


「……ッ!」


 腹を抑え、足を挫きながらでは限界も近い。

 思い返すのは配信をする理由だ。


(お母さん……)


 ヒカリがここまで目立つことにこだわるのは母。


 彼女の母は幼い頃にいなくなる。

 育ての親の元へ預けられたのだ。


 その時は捨てられたのだと思った。

 だけど、年数が経って自分の家が貧乏だったことに気づいた。


 ヒカリは考え直した。

 もしかしたら、みじめな思いをさせないために、わざと違う家へ置いて行ったのではないかと。


(届けなきゃ。私の今の姿を……!)


 だから、今もどこかで見ているかもしれない母に向けて。

 自分が頑張っていることを届けるため、彼女は常に一番・・でなくてはならない。


 だが、


「ヴオオオォォォッ!」

「ヴォアアァァァッ!」

「ガアアアアアアッ!」


 スケルトンキングに加え、周りにはさらなる深層の化け物たち。


「……ハァ、ハァ」


 逃げ場はもう無い。

 ヒカリの足は止まってしまった。


 最後に思うのは母に向けての言葉。


(今までの活動が届いたらいいな)


 そう心に思って目を閉じた。


「──ヴオオオォォォッ!」


 大きく振りかぶったスケルトンキングの大剣。

 それはヒカリに届く──ことはなかった。


──カァァンッ!


《!?》

《え?》

《何の音?》

《おい、うそだろ……》

《まじかよ》

《そんなことが》


 すでに「残虐描写モード」をONにしていたカメラが、すーっと高画質に変わっていく。


「大丈夫?」 

「……え?」

 

 聞こえるはずのない人の声が聞こえ、ヒカリは目を開く。

 視線の先にいたのは──


「彦根、ホシ……?」


 ライバルの彦根ホシだった。


《うわああああああ!!》

《彦根ホシ!?》

《まじで!?》

《きたあああああ!》

《ありがとう!!》

《まじで泣いてる》

《本物かよ!!》

《お前しかいねえ!》


 彼の登場にコメントがあふれかえる。

 それを気にすることなく、ホシはヒカリに手を差し伸べた。


「立てる?」

「え、ええ……」


 でも、おかしい。

 彼は違う場所で配信を行っていたはず。

 ヒカリはその疑問をぬぐいきれない。

 

 けどそれ以上・・・・に、気になる事があった。


「ちょっと待ってて」

「……!?」


 配信の時とは違った少し静かな雰囲気のホシ。

 その声は怒っているようで、どこか悲しみも持っているかのようだ。


 魔物たちを見上げたホシは口を開く。


「ハンバーグの罪は重いよ」

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