第16話 つなぐもの

 「彦根、ホシ……?」


 怪我を負い、深層という絶望的場所で追い詰められたヒカリ。

 彼女に迫る大剣を間一髪弾いたのは──ホシ。


 彼の登場に、コメント欄は今までにない勢いを見せる。


《うわああああああ!!》

《彦根ホシ!?》

《まじで!?》

《きたあああああ!》

《ありがとう!!》

《本気で泣いてる》

《本物かよ!!》

《お前しかいねえ!》


 しかし、それも関係ない。

 静かに怒り、悲しんでいるホシは魔物に告げる。


「ハンバーグの罪は重いよ」


 ホシの睨みつけるような目付き。


「「「ヴオォッ……!?」」」


 そのあまりの鋭さに震える魔物たち。

 そこまで怒ることなのか、とはツッコむことができるはずもない。


 一方でコメント欄は、ヒカリの配信を見ていた者、ホシの配信を見ていた者に二分する。


《え?》

《ハンバーグ?》

《???》

《どういう意味?》


《食べられなかったかあ笑》

《お姉さんのハンバーグ;;》

《我慢できてえらい》

《助けに来てえらい》


 それと共に跳ね上がるように伸びていく視聴数。

 25万、30万、37万……なんと一気に50万人に到達。

 

 元々のヒカリの視聴者に加え、ホシからの視聴者がなだれ込んできたのだ。


「どうして……」


 そんな状況でも、ヒカリはホシの後ろ姿をじっと見つめる。


 誰から聞いたのか。

 どうやって来たのか。

 

 色んな疑問が頭を駆け巡る中、ヒカリは一番聞きたいことを言葉にした。

 

「どうして……助けに来てくれたの?」


 ホシはヒカリを見つめながら飄々ひょうひょうと答える。


「君がコメントをくれたから」

「……はい?」


 探索者の世界は非情。

 自分の身が一番大切なのは誰にとっても同じだ。


 さらにここは、Sランクダンジョンの深層。


 第一線で活躍してきたヒカリは、こんな場所にわざわざ助けに来る命知らずがいるとは思えない。

 しかもそれが「コメントをくれたから」という訳の分からない理由なんて、納得できるわけがない。


「ほら。前の配信で魔素水を教えてくれたじゃん」

「そ、そうだけど! それだけなわけないでしょ!」

「それだけだよ?」

「そんなの……!」


 ただ、コメント欄の様子は彼女とは違った。


《ホシ君だからなあw》

《そういう奴》

《ズレてるんよw》

《そもそも深層を脅威と思ってない説》

《↑これ》

《コメントしてくれたからwww》

《コメント>深層の化け物》


 ホシはそういう奴なのだ。


「……っ」


 無理やり納得するしかないヒカリ。

 正気を取り戻すと、ハッとさっきの事を思い浮かべる。

 

「それより体は大丈夫なの!? まともに大剣食らったでしょ!」

「全然大丈夫じゃない」

「え」


 ホシは苦しそうな顔を浮かばせながら、ヒカリへ手を向ける。

 そこにはほんの少しだけ・・・・・・・青くなっている小指。


「これ絶対突き指・・・だよ。いってー」

「……つ、突き指?」 


 普通なら体が真っ二つでもおかしくない攻撃。

 そんな状況で出てきたのはまさかの「突き指」。

 ヒカリはまるで理解ができない。


(な、何を言っているの……?)


《草》

《拳で受けて突き指で済ますなww》

《Sランクの化け物の大剣やぞw》

《ホシ劇場始まったわw》

《これがホシクオリティ》

《勝 ち 確 演 出》

《完全に流れ変わりました》


「で、でも! さすがに一人でこの相手は!」

「大丈夫だよ。あ、ほらほら」

「──!?」


 心配の声を上げるヒカリに、ホシは入口方向を指差す。

 すると鳴き声が聞こえてきた。


「ギャオオオオ!」

「クォ~~~ン!」


 めろんとわたあめだ。


《めろーん!》

《わたあめもいる!!》

《きたあああああ!!》

《やっぱりいたのか!》

《これはいける!》

《助かるぞ!》


 だが、ホシは到着した二匹に「めっ」と頭をポンと叩いた。


「遅いぞー。急いでたら置いて行っちゃったじゃん」

「ギャウ……」

「クゥン……」


《お前が一番速かったんかいw》

《フェンリルよりも……?》

《なんだこいつw》

《あーもうめちゃくちゃだよ》

《もはやギャグだろ》

《皆さん安心してください戦いは終わりました》


「……え、え?」


(待って。本当に訳が分からない……!)


 目の前で繰り広げられるホシ劇場。

 ヒカリは自分との温度差に頭を抱えてしまう。

 もはやピンチなのかすら分からなくなってきた。


 そうして、ホシはようやく魔物に向き直る。


 ここからはお仕置きの時間。

 ハンバーグの恨みを晴らす時だ。


「お前が一番強そうだな」

「ヴオオオォォォ……」


 ホシが目を付けたのは、ヒカリが戦っていた魔物【死霊しりょう剣士・スケルトンキング】だ。

 それを見たヒカリが声に上げる。


「彦根ホシ! あいつの胸から何か光ってるの! あれが光ってから急に強くなって!」

「ふーん」

「ふ、ふーんって……」


《出たなふーんw》

《興味なさそうで草》

《だから何って感じw》

《どっちにしろ変わらんやろなあ笑》

《ホシ君の前では等しく無力》


 興味が無かったのは事実だが、ヒカリの助言を無下にしたわけではない。

 ホシはヒカリにふっと笑った顔を見せた。


「大丈夫って意味だよ。そこで安心して見てて」

「……! ええ」


 その表情にヒカリは安心感を覚える。

 なんとなくやってくれそう、そう思わせる雰囲気がホシにはある。


「めろん、わたあめ」

「ギャウ」

「ウォフ」

「二人は周りの変なのを倒して」


 周りの深層魔物は二匹に任せ、ホシはぐっと構えを取った。

 だが、その姿にヒカリが思わず声を上げる。


「あなた武器は!?」

「そんなの持ってない!」

「──ヴオオオオォォォォ!!」


 振り下ろされるスケルトンキングの大剣。

 ホシは……全くその場を動かず。


「突き指は嫌だからね」

「ヴオオッ!?」

「けっこう頑丈なんだよね~頭」


 そのまま頭で大剣を受け止める。


(バ、バカなの……!?)


 コメントもヒカリと全く同じ気持ちのよう。


《いや避けろやww》

《なんでわざわざ受けるw》

《挑発してる?w》


 しかし、意外にも・・・・ホシにも考えがあったようで。

 大剣を振り下ろした隙を付き、ホシは懐に潜り込む。


「うおおおお!」


 何をするかと思えば、勢いのまま足を強く踏み込む。

 サッカーのコーナーキックのような構えだ。


「せいっ!」

「ヴォアッ!?」


 スケルトンキングは骨で形作られた巨体。

 ホシが蹴った部位はポーンと勢いよく飛んでいき、スケルトンキングの頭がガクンと下がった。

 

「おお、いけそう!」

「そんなアホな……」


 それはまるで日本の伝統的遊戯ゆうぎのよう。

 ヒカリ同様、コメント欄にも衝撃が走る。

 

《だるま落としwww》

《だるま落としで草》

《なんじゃそりゃww》

《Sランク魔物で遊ぶなww》

《ウッキウキで蹴っててワロタ》


 そう、だるま落としのように倒すつもりのようだ。


「たあっ! ふんっ! せいー!」

「ヴォッ! ヴゥッ!? ヴォー!」


 一本一本の骨が蹴りで吹き飛ばされる度、リズミカルにスケルトンキングの頭の位置が下がっていく。

 ヒカリ専用剣──聖剣【ヒカリ】ですら崩せなかった骨を、ホシは遊び感覚で飛ばしていく。

 

《なんだこいつww》

《アホすぎて草》

《これが攻略法なのか……?》

《ホシ以外に誰ができんだよww》

《腹いてえw》

《ヒカリちゃんの剣でも斬れなかったのに》


 先程まで緊張感が走っていたはずの配信は、一瞬で彼のショータイムへと化す。

 まさに理不尽なまでの強さであった。


「ふい~」

「ギャウ」

「ウォフ」


 汗をぬぐって気持ちよさそうにするホシ。

 めろんとわたあめも戦闘を終えたのか、ホシに寄って来ていた。


 気が付いてみれば、そこは掃除済のフロアだったのだ。


《こいつらやばすぎwww》

《レベチで草》

《え、深層の魔物だよな?笑》

《スケルトンキングやぞww》

《二匹も知らぬ間に瞬殺してらw》


 現在の視聴者数は100万人。

 滅多に見ないような数字がこの伝説となるであろう配信を見に来ていた。


 だが、ふいにうめき声が聞こえてくる。

 いち早く気づいたのはヒカリ。


「……彦根ホシ!」

「ん?」 

「スケルトンキングが!」


 死霊剣士・スケルトンキング。

 強さはもちろんのこと、最大の特徴は「不死身」なこと。

 バラバラになった骨同士が引かれ合い、また体を形成しようとする。


「うーわまじかあ」

「何をボーっとしてるの!」

待ってて・・・・って言ったのに」

「!?」


 しかし、ホシは不思議な発言。

 それを証明するように女性の声が聞こえた。


「ホシ君。ゴミはちゃんとしばらなきゃ」


 どこからともなく黄緑のツタが現れ、スケルトンキングの骨を縛り上げていく。


「ヴォアッ!? ヴ、オオォ……」


 骨は一くくりにされ、身動きができなくなる。

 これで元通りになることはない。

 スケルトンキングは再生を諦め、ダンジョンに取り込まれていった。


「これでよしっと」


 その声と共に現れたのはエルフのお姉さん、エリカだった。


《お姉さーん!》

《姉ちゃんきたあ!》

《お姉さんまでww》

《ママぁ》

《ママ~》

《ママきたあ!》

《エルフのお姉さん!!》


 コメントにはお姉さんに加え、「ママ」の文字が並ぶ。

 ちまたではその呼び方も流行りかけているようだ。


 ホシは頭をかきながらエリカに目を向ける。


「なんできたの」

「ハンバーグを届けるためだよ!」

「わざわざ?」

「当たり前だよ。ホシ君のいる場所がお姉さんのいるべき場所なんだから」

「あーはいはい」


 つーんとした口を見せるホシだが、どこか嬉しそうな表情は隠せていない。

 そんな態度は、ホシ視聴者にはバレバレ。


《照れてる》

《かわいい》

《食べれたじゃん!》

《嬉しかったね~》

《お姉さん来て良かったね~》


「べ、別にっ!」


 ホシはとぼけた声を上げる。

 彼が一番感情を出すのはお姉さん絡みのことかもしれない。


「まあいいや」


 そうして、ホシはヒカリにもう一度手を差し伸べる。

 腰を抜かしてしまっていたらしい。


「とにかく助かって良かった」

「……! あ、ありがとう」

「ううん。ハンバーグも届いたし何も問題ないよ」

「……」


 どんだけハンバーグにこだわるのだろう。

 ヒカリがそう思ったのは内緒だ。


「良かったら一緒に食べる? 元気出るよ」

「え?」

「ほら姉さん。この子にあげてよ」

 

 そう促すホシだが、エリカはムッと目を細めた。


「女に?」

「そう言わずに」

「チッ」

「……!?」


 その視線にヒカリはビクっとしてしまう。


(え、今、舌打ちされた?)


 そんな態度は取りつつも、エリカは仕方なくハンバーグを取り出す。

 わざわざ袋に入れてくれたみたいだ。


「ホシ君からあげて。私はやーよ」

「なにそれ。まあいいけどさ」

「あ、あの……?」

「気にしなくていいよ。はいどうぞ」


 そうして、ヒカリの口にハンバーグを運ばれた。


「どうかな?」

「……!」


 モグモグと味わうヒカリ。

 優しい味、それと合わせて今の状況を改めて考えると心から安心する。


 彦根ホシが来てくれなければ、今頃自分はいなかった。

 これを食べる事も、どこかで見ているかもしれない母に、自分の姿を届ける事もできなかった。


 そうなるはずがこうして助けられた。

 その安心感から、ヒカリの頬を一粒のしずくつたう。


「おいしい、です……!」

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