第12話 わたあめの本領発揮

 「クォ~~~~~~~ン!!」


 白い子犬──わたあめが遠吠えを上げた。

 さらに、それに反応するように、わたあめの体はどんどんと大きく、どんどんと強靭きょうじんになっていく。


 そして、


「ウォ~~~~~~ン!」


 どこからともなく、わたあめに雷が落ちる。

 轟音ごうおんと共に広がった衝撃は、ダンジョン全域に響き渡った。


「ウォフ」


 すっかり鋭くなった目付き。

 わたあめは王者の風格でワイバーンをじっと見つめる。


 雷による電流はもふもふな毛並みを逆立たせ、バチバチっと体外で帯びる。

 それはまるで雷そのものをまとっているかのよう。


 これがわたあめの戦う時の姿だ。

 

《うおお!?》

《なんだ!?》

《大きくなった!!》

《かっけええ!》

《バチバチしてるぞ!》

《ていうか、これって……》


 この変貌へんぼうにコメント欄は一気に様子を変える。

 今までは「かわいい」で溢れていたのが一気に「かっこいい」へ。

 めろんが大きくなった時と同じだ。


「わたあめ。こっちを向いて」

「ウォフ」


 わたあめがカメラに目を向ける。

 そこでコメントがさらに加速した。


《この姿!》

《フェンリル!?》

《フェンリルだー!》

《やっぱそうじゃねえか!》

《まじかよ!》

《やっぱただの子犬じゃねじゃんwww》

《散歩感覚で伝説の魔物連れてくんなww》


「……え? フェ、フェンリル?」


 だけど、俺はなんのことだかさっぱり。

 この様子にもツッコミが入る。


《またこの流れw》

《前に見たな》

《フェンリルだって事を知らなかったんだよな》


 何を期待しているかは分からないけど、俺は素直に聞いてみる。


「……あの、フェンリルってなんですか?」


《!?》

《そっちかーい!w》

《フェンリルそのものを知らなくて草》

《お前フェンリルだったのか、じゃないのね》


「クゥ~ン……」

「ごめんごめん、そんなつもりはないんだ」


《わたあめ泣いてるよ》

《自分の種族知られてないもんなw》

《かわいそう》

《伝説の種族だぞ?w》


「え、伝説の種族? わたあめが?」


《そうだよ!》

《Sランク魔物だぞ!》

《ドラゴンと並ぶ最強種》

《速さはフェンリルの方が上だと思う》

《力のドラゴン、速さのフェンリルって感じ》

《最強種の一角》


 並んだ情報に俺は目を開かせた。


「へー! おめぇすっげなぁ!」


《おいw》

《孫〇空で草》

《サイ〇人なんなw》


「そういうことなら! いけ、フェンリル! フェンリルの君ならできる!」


《急に使うやんw》

《連呼で草》

《ポケ〇ンバトルすなw》

《新しい言葉知った小学生みたい》


「ウォフ!」


 そうして、わたあめは手足にぐっと力を込める。


「ギャオオオオオオオ!!」

「ウォ~~~~~~ン!!」


 ワイバーンとわたあめ、お互いに咆哮ほうこうし合い、戦闘準備が整う。

 いよいよ始まるみたいだ。


「ウゥゥ……」


 どちらが先に仕掛けるか。

 互いに様子をうかがう中──わたあめが消えた。


「ウォッ!」

「──ギャオッ!?」


 かと思えば、次の瞬間にはワイバーンが勢いよく地面に叩きつけられた。

 代わりに、今までワイバーンがいた場所にはわたあめが姿を見せる。


《!?》

《は!?》

《どういうこと!?》

《何が起こった!?》

《なんにも見えなかったぞ!》


「おー。壁を蹴って背後を取ったか」


《え?》

《見えてんのかよw》

《何でお前は見えてんだw》

《ホシ君は目で追えてるんだ笑》

《全然追えんかった》

《カメラも追いついてないのに》


「ん?」


 みんなは見えてなかったのか。

 どうやらカメラが追いついてなかったらしい。

 どこか故障したのかな……頑張れカメラ。


「ギャ、オオ……」

「ウォフ」


 だけど、翼を広げて再度立ち上がろうとするワイバーン。

 まだ完全には仕留めてなかったらしい。


《なんか同情しちゃう》

《ワイ君がんばれ》

《立てー! ワイバーン!》


「ちょっと、応援する方違いますよ!?」


 そしてそれが、なぜかワイバーンを応援する流れに発展する。


《わたあめ頑張れー!》

《これは余裕か?》

《強すぎるな》

《めろんと同等……?》

《それぐらいかも》

《まじかよ最強やん》


 まあ、大半の視聴者はわたあめを応援してくれているので、ワイバーンを応援するのも一種の芸なのかな。

 そういうことにしておこう。


「ギャオォ……」

「ウォフゥ……」


 そうして、なんとか起き上がるワイバーン。

 わたあめはバチバチッと電流をほとばしらせながら、じっと様子をうかがう。


「次で決まりますね」


 なんとなく雰囲気で感じたことを言ってみる。


 それとほぼ同時。

 ワイバーンがガバっと大きく口を開いた。


「──ギャオオオオオオオ!」


 ワイバーンの代名詞「ファイアブレス」だ。

 精一杯力を振り絞っているようにも見える。


 対して、姿勢を低く保っていたわたあめ。

 

「──!」


 また一瞬で姿を消した。


「ウォフ!」


 次の瞬間には遠くの壁に張り付いている。

 だが、また次の瞬間には反対の壁。

 さらに天井、地面、また違うの壁。


 それを繰り返して……


「──ウオォォォォォン!!」


 じゅうおうじんにフロア内を駆け回るわたあめ。


「ウォフッ! ハッ! ウォーン!」


 その速すぎる動きは、まるで分身しているよう。


 それも二体や三体じゃない。

 十や二十にも、わたあめが分身して見える。


 うちのペットの中では一番速い、わたあめだからこそできる芸当だ。


《おおおお!?》

《すげえええ!!》

《見えねえ!けど見える!》

《分身してるわけじゃねえよね!?》

《十体ぐらい居るだろこれ!》

《やばすぎる!》


 視聴者も驚いているみたいだ。


「わたあめ!」

「ウォフ!」


 ならば俺も叫ぼう。

 このわたあめの必殺技を。

 俺はワイバーンを指差して声高々に言い放った。


「わたあめラーッシュ!!」

「──ウオォォォォォン!!」


 無数にも分身したように見えるわたあめが、一斉にワイバーンに襲い掛かる。


「ギャオオオオオオ!!」


 巨大な火球は一瞬で消え去り、その勢いのままワイバーン自体も見事に倒す。

 わたあめの勝利だ。


「お疲れ様、わたあめ!」

「ウォ〜ン!」


 大きな姿のまま寄ってくるわたあめ。

 俺は頭を抱きかかえるように撫でた。


 そして、衝撃の事実に気づく。

 俺は思わず声を上げてしまった。


「ええ!!」


 カメラに『30万人が視聴中』の文字が映っていたからだ。


「30万人!? あ、ありがとうございますっ!」


《うおっ!?》

《本当だすげえ!》

《戦闘に夢中で気づかなかった!》

《おめでとう!》

《おめでとうございます!》

《30万人おめー!!》


 気づいてなかった人が大半みたいで、一斉におめでとうと流れてくる。

 すごい、嬉しいなあ。


「わたあめのおかげだぞ〜」

「ウォ〜〜〜…………ワフっ!」

「ははっ、小っちゃくなったか」

「クゥ〜ン」


 敵がいなくなったわたあめは段々と小さくなり、子犬の姿で胸に飛び込んで来る。

 も~愛くるしいなあ、この子は。


 そうして、俺はわたあめを抱きかかえながら改めてカメラに向き直る。


「どうでしたか。わたあめが戦うところは」


《すごすぎ!》

《やばかった》

《めっちゃ興奮した!!》

《わたあめもつええんだなあ》

《あれがフェンリルか》

《速さってすげえ武器》


「だってさ~わたあめ! よかったな」

「クゥ~ン」


 頭をでると、「もっともっと!」とむしろ顔をすりすりさせてくる。


 とても今の勇姿と同じ子とは思えない。

 それが良いところでもあるんだけどね。


《きゃー!》

《可愛い〜!!》

《すりすりしてる!》

《ギャップえぐい》

《かっこよさと可愛さ兼ね備えてんのずりいわ》

《こんなのファンなるやん》


 わたあめが褒められると俺も嬉しい。

 そうだ、あれの感想も聞かないと!


「かっこよかったですよね! わたあめラッシュ」


《いや……》

《かっこよくは……》

《うーん》

《そ、そだねー(棒)》


「うええっ!?」


 でも、返ってきたのは想定外の反応。

 そんな、これ以上ない命名だと思ったのに。


《でも、それが逆に良いw》

《確かにホシ君っぽさはある笑》

《ちょっと可愛い》

《フェンリルにつけるにはかわいすぎ笑》

《伝説の種族だもんなw》

《ある意味らしくていいかもw》


「な、なんか喜んでいいのか分からない……」


 まあ、一応受け入れられただけ良し?

 これからも「わたあめラッシュ」を使っていくとするか。


 そうして、尋ねてくるコメントが目に入る。

 

《前はどうやって帰ったんだ?》


「前はナナミをかついで帰りましたね。精神的に疲れていそうでしたし」


《優しい》

《意外とできる男》

《これは惚れちゃってます》


 そう、前に来た時はここで引き返した。

 だけど、あの時に判明していたことがある。


 俺はワイバーンが飛んでいたに目を向ける。


「ここ、さらに深い階層があるみたいなんですよね」


《え?》

《まじ?》

《でもここSランクダンジョンだろ?》


「はい、そうですね」


 コメントや前にナナミが言っていた通り、この『翼竜ダンジョン』はSランクダンジョン。

 ダンジョンの中では最上位・・・ランクとして認定されているみたい。

 

 そして、便利なワープ床で移動できるこの場所は『下層』。

 次の階層はおのずと決まる。


「『深層』へ進んでみたいと思います」


《深層……》

《そうなるよな》

《大丈夫なのか?》

《まあホシ君なら……》

《でも深層だぞ?》

《探索者の俺が言う。やめておいた方がいい》


 俺がそう告げると、案の定反対の声が上がる。

 俺も深層についてはちょろっと調べてきた。


 ダンジョンには、上から上層・中層・下層と呼ばれる階層がある。

 下にいけばいくほど難しいそうだ。


 そんな中で、一部の・・・ダンジョンには深層が存在するという。

 そこは今まで潜ってきたダンジョンとはまるで別世界で、難易度はぐっと上がるらしい。


「んー、でも大丈夫じゃないですか」


 ワイバーンがこれぐらいなら、意外と大したことはないと思う。

 みんな怖がりすぎじゃないかな。


《待て待て》

《ここSランクだぞ》

《Sランク深層ってクリアされたことあったか?》

《多分ないだろ》

《ホシ君でもさすがに……》


「そうですか。……分かりました」


 そこまで言われたら仕方がない。


「先っちょだけですから!」


《おい!?》

《ちょ、誰か止めろ!》

《チャラ男みたいのやめろww》

《それ一番信頼できんセリフww》

《無自覚なんやろうなあw》


「れっつごー」


 俺は奥に向かって歩き出した。

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