第9話 あの家に近づいてはいけない

<三人称視点>


「よう。お前ら」


 夕暮れの中、一人の男が浮遊しているカメラに向かって話しかける。

 ホシに絡んできた男──猿山だ。


《きたきたw》

《今日は何をするのやら》


 猿山は配信を開始していた。

 ホシのクラスメイトも言っていた通り、猿山は配信者だったのだ。

 早速、配信内容について話し始める。

 

「最近、随分ずいぶんと話題になった物があったよなぁ?」


《話題?》

《なんのこと》

《もしかして》


「たしか……魔素水、だったか?」


《彦根ホシの配信じゃん!》

《やっぱかよ!》

《何する気だよ》


「今日はあれを取りに行こうとおもいまーすw」


《いいねw》

《やっちまえ》


 猿山の同時接続数は1000人を超えている。

 ホシに比べるとかすんでしまうが、一般人よりは多い数字だ。


 要因は、猿山が迷惑系配信者だったから。

 悪い事をすれば目立つのは配信も同じ。

 

 だがそうなると、当然ホシに魅了された者も見にくる。


《は?》

《おいやめろ》

《彦根ホシ好きだからやめて》


「うっせえ!」


 そんなホシを擁護ようごするコメントに対しては即ブロック。

 二度と配信にコメントできないようにする。


「彦根、彦根って、黙ってろよ信者共が!」 


《荒れてんなあw》

《いいぞやっちまえw》

《あいつ好きじゃなかったから嬉しいわ》


《通報します》

《切り抜いておくわ》

《これは晒し上げ案件です》


 それでも意見は半々といったところ。

 これも迷惑系の宿命なのだろう。


《そもそも泥棒なのでは?》


「はっ。んなことも知らねえのか? 自宅だろうがダンジョンはダンジョン。そこで手に入ったもんは俺の物なんだよ」


 正確には違う。

 要は「自宅ダンジョンに入る許可をもらえれば持ち帰っても良い」というルールだが、猿山にはこれを満たせる自信があった。


「そろそろ行くかぁ」


 入りを終えたところで猿山は歩き出す。

 ここはすでにホシの家の近く。

 チャリで帰って行った方を追って来ていたのだ。


「おぉ?」


 そうして歩き出してすぐ、大きな家が見えたところで一人の女性を見つける猿山。

 すぐにコメントが宙に映し出されるホログラムをOFFにし、隠し撮りのような配信に切り替えた。


 その瞬間、女性が猿山の方を振り返る。


「あら」

「……!」


 猿山は目を見開いた。


(こいつ! エルフの姉とかいう!)


 嫉妬しっとをしつつも、ちゃっかりホシの配信は確認していた猿山。

 すぐにそれがホシの姉代わりである「エリカ」だと気づく。


 突然のことに切り口を探す猿山だが、エリカがニコっとした顔を見せた。


「もしかして、ホシ君のお友達さん?」

「……!」


 その言葉に、猿山はニヤアっとした。


「そうなんすよ」

「まあ! やっぱり!」


 エリカは両手を胸の前で合わせる。


「でもごめんね。ホシ君、さっき出かけちゃって」

「ああ、そうなんすか」

「もしかして、ホシ君と約束していたのかな?」

「……!」


(大チャーンス)


 どんな言い訳をしようかと思っていたが、まさかの向こうからの誘い。

 猿山は全面的に話にのっかる。


「そうなんすよ。あいつ、地下ダンジョンを案内してくれるって話で~」

「そうなんだあ!」

「でも、さすがに無理っすよね? 彦根の野郎……彦根君がいないんじゃ」


 あおるようにエリカに尋ねる猿山。


「ううん! ホシ君との約束だったら良いのよ!」

「……!」


(バカがよぉ!)


「いいんすかぁ?」

「もちろんよ~。ホシ君のお友達だもん!」

「はんっ。あざす」


 猿山はもう笑いが堪えるのに必死だ。


 ルールは満たされたからだ。

 これで猿山は、ホシの自宅ダンジョン内の物を持ち帰ることができる。


(おいおい楽勝だなぁ?)


 そうして猿山は、エリカに付いてホシの家へと入って行くのであった。




 



「こっちだよ」

「あざーす」


 家の中に入り、そのまま地下ダンジョンへと案内するエリカ。

 猿山は笑いを隠すのに必死だ。


(ここまでうまくいくとはなぁ)


 ホシの配信を見て驚いたことはあったが、猿山なりに・・・・・勝算はあったのだ。

 それが放送事故的に映ってしまったこの女性、エリカだ。


(ははっ!)


 今回は偶然・・家の前で会ったが、猿山は元よりエリカを騙す気でいた。

 ちょろいと思っていたのだろう。


(まじでバカで助かるぜ)


 やがて、エリカが扉の前で立ち止まった。


「ここだよ」

「……お。そっすね」


 それは配信でみた地下一階の扉。

 扉を開かれた瞬間、猿山は興奮の声を上げる。


「うほ~!」


 目の前に広がったのは草原のエリア。

 ホシの配信で見たまんまの景色だった。

 

 だが、そんな素晴らしい景色には目をくれず、猿山が探すのはただ一つ。


(あれかぁ!)


 魔素水が流れるという川だ。

 配信を細かく確認していた猿山は、すぐにそれを見つけることができた。


 そして、最後の確認をする。


「ちなみになんすけど」

「どうしたの?」

「ペットさん達って今どこにいるんすか」

「んー」


 エリカは唇に手を当てて答えた。


「今は地下三階かな」

「うはっ!」


(勝った……!)


 そう確信した瞬間、猿山の足は動いていた。


「おああああ!」


 一直線に向かうは魔素水の川。

 ダンジョン探索によって鍛えられた足で、一般人ではない速さで川に走り寄る。


「うほぅ!」


 まずは、それをもらわんと豪快に口を付け──ることはできず。


「……がはっ!!」


 視界の外から突如として現れた巨体。

 それに吹っ飛ばれ、勢いのまま猿山は壁に叩きつけられる。


「いってえなあ! 一体何が……んなっ!?」

「──ギャオオオオオ!」


 見上げた先にいたのは、配信で嫌というほどに見た強靭なSランクオーバーの魔物。

 ドラゴン──めろんの姿であった。


「ど、どこから現れやがった!?」

「最初からいたわよ」

「……!?」


 猿山は尻もちを着いたまま、ゆっくりと声の方を振り向く。

 だが、その声はさっきまでとはどこか違い、低く冷たい。

 

「さっきのペットの話は嘘よ。やっと本性を現したわね」

「本性だと? ……!」


 猿山は勘づいた。


「てめえ、まさか!」

「ふふふっ」


 騙されていたのはこっちだったと。

 最初からこうするつもりだったのだと。


「いらっしゃい」

「……!?」


 エリカが声を掛けると、茂みから次々と魔物たちが姿を現す。


「グルルルル……」

「ボォォォォ……」

「ウフフフフ……」


 白銀の狼、火をまとう鳥、下半身が魚のような女性……。

 まるで見たことのないファンタジー魔物たちが、獲物を狩るような目で猿山を見つめている。


「な……んな……」

 

 その光景に、猿山の焦点が合わなくなる。

 さらにエリカが追い打ちをかけた。


「せっかくだからこれもほしいかな」

「な、なにを……?」


 エリカが浮遊型カメラを操作する。


「バッチリと映ってるね♡」

「!!」


《きたあああああ!》

《どうも〜笑》

《バレてやんの!》

《ざまあああああ!!》

《見てるー?》

《お姉さん怒らせたらやべえ》


 コメントのホログラム設定をONにしたのだ。


(こいつ、最初からカメラに気づいて……!)


 エリカは猿山の後ろで浮遊しているカメラには最初から気づいていた。

 その上で、映像記録として残す為、あえて猿山を招いたのだ。


「さあ。どうするのかしら」


 猿山はおびえた表情で魔物たちを見る。


「ぐ、ぐぅ……」


 探索者をかじっているからこそ直感できる。

 目の前にいる魔物たちは、何がどう転んでも自分に勝ち目はない。

 どころか、勝負にすらならない。


「ハァ、ハァ。……!」


 そうして、猿山は目を見開いた。

 残された最後の選択肢を思い浮かべたからだ。

 

「う、うあああああ!」


 猿山はエリカに向かって走る。

 いかにも弱そうなエリカを捕らえ、おとりにして交渉しようと考えたのだ。


 ──しかし、そうなるはずもなく。


「あら」

「……ッ!?」


 足元の草原から無数のツタが生え、猿山を吊るし上げる。


《うおっ!?》

《ツタを操った!?》

《すげええ!》

《さすがエルフだ!》

《自然を使うのか!》


「お姉さんが弱いと思った?」

「……!」


 冷たい目をしたままエリカは冷淡に口を開く。


「お姉さん、これでも一番強いの」

「……は、はは」


 終わった。


 猿山はようやく理解したのだ。

 エリカは弱そうに見えたんじゃない。

 強すぎて自分には実力を計れなかったのだと。


 それを感じて、猿山は全てを諦めた。


 だがそんな時、エリカはふと入口方向に目を向けた。

 そうして再び口を開く。


「あらごめんなさい。私が一番じゃなかったわ」

「え? じゃあ誰が──」

「う・し・ろ」

「……!」


 猿山はエリカと同じ方向に目を向けた。


「うわっ! なにやってるんだよ姉さん!」

「……!」


 視線の先には、走って階段を降りてきたホシ。


「……は、ははっ」


 猿山は思わず乾いた笑いが出る。

 なんて無謀なことをしていたのだろうと、ようやく自覚した。


 この中にいるSランクオーバーの最強種たち。

 自分が喧嘩を売ったクラスメイトは、それら全ての頂点にいたのだ。


「って、猿山君じゃないか!」

「……彦根。俺は──」

「ダメだよ姉さん、すぐに下ろしてあげて!」

「!」

「もう、ホシ君は相変わらず甘いんだから」


 エリカはくすりと笑ってツタの縛りを解除した。


「大丈夫? 猿山君」

「あ、ああ……」


 学校では一方的に絡んでしまったクラスメイト。

 だが今は、全くそんな気は起きない。

 

「何があったかは分からないけど、ごめんね」

「い、いや俺は……」

「でもさ、猿山君」

「なんだよ」


 ホシはニッコリ笑顔で言葉にした。


「また遊びに来てよね!」

「……っ」


 対して、猿山は心の中から叫ぶ。


「に、二度とくるかーーー!!」


《鬼畜www》

《鬼畜で草》

《無自覚なんよw》

《ホシ君だなあ笑》

《これは心折れたw》

《来るわけねえだろww》


 こうして、迷惑系配信者であり、ホシのクラスメイト──猿山の作戦は失敗。

 この時の配信は1万人ほどだったが、このある意味恐怖の映像は「切り抜き」で拡散されていき、ホシの自宅ダンジョンへの抑止力となる。


 あの家に悪意を持って近づけば命はない、と。

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