第8話 大バズりの影響?

<ホシ視点>


 月曜、山奥からチャリをこいで登校する朝。

 中々気分が上がらない……と思っていたのに。

 

「なんでこんなことに!?」


 俺は改めて周りを見渡す。


「彦根くんおはよ~!」

「配信見てたよ!」

「あれって本当に自宅なんだよね!」


 周りには、女子女子、男子を挟んで、また女子。

 黄色の声援のようなものが飛び交っていた。


「え、えっと……」


 先週までは全然そんなことなかったのに。


「これ食べる~?」

「ちょっとずるい! 私があげるの!」

「これどうぞ!」


 しかも、なんかめっちゃグイグイくる。


「ご、ごめん! ちょっと席に着かせてー!」


 耐えられなくなった俺は、教室の隅の席に向かって一直線に走った。

 まだ騒がしいけど、良いタイミングで五分前の予鈴が鳴って解放される。


「大変そうだな」

「……かしわ


 話しかけてきたのは、隣の席の『柏木』。

 学校ではたまに話す友達だ。

 俺は今の気持ちをそのまま吐き出した。


「なんでこんなことに」

「……彦根、お前なあ」

 

 だけど、柏木は呆れたように続ける。


「そりゃこうもなるだろ。俺もまじでビビったぜ」

「なにが?」

「お前の配信だよ。天の川ナナミさんの配信に続いて、自宅配信。土日は楽しませてもらったよ」

「それがここまでになるの……?」


 配信が切れていなかったこともあって、昨日の配信は同時接続数が20万人にもなった。

 だけど、所詮しょせんは画面の外って認識があったというか……。

 とにかく、まさか学校でこんな事態になるとは思わなかった。

 

 ネットってすごいんだなあ。

 改めてそんなことを思う。


 さらに柏木は「なあなあ」と話しかけてくる。


「あのあれ、魔素水だっけ?」

「うん」

「あれってこっそりくれたりしないのか?」

「まあ、うーん……」


 俺はちょっと悩んで答える。


「良いんだけど、ちょっと面倒で……」

「やっぱそうなのかあ」


 できないこともないけど、自宅ダンジョンにはいくつかルールがあった(気がする)んだよなあ。

 帰ったら改めて確認しておこう。


 そんな中、教室の反対側、入ってくる扉側からの方から嫌な視線を感じた。


「ちっ!」

「ん?」


 嫌な視線の正体は、クラスの猿山さるやま君。

 ゴツい体で身長も高いクラスメイトだ。

 

 なんだろう、俺が何かやってしまったのかな。

 俺は不安げにコソっと柏木に聞いてみる。

 

「なんであんな目を向けられてるの」

「そうか、先週までの彦根は原始人だったな」

「ち、ちげーし」

「猿山はダンジョン配信者なんだよ」

「へ〜」


 それは初耳だ。

 もしかしたら、「ダンジョン配信」というのが分からなくて聞き逃してただけかもしれないけど。


「それでよく自慢して回ってたんだよ」

「どんな?」

「どれだけ稼いだ〜だとか、あのダンジョンに行って~だとか」

「ふーん」

「ふーんってお前……」


 柏木は呆れ気味に続けた。


「要するに嫉妬しっとしてんだよ」

「え、俺に?」

「それしかねえよ」

「そっかあ」


 俺はもう一度、そーっと猿山君の方を覗き見た。


「ちっ」

「……こわい」


 これも配信の影響なのかな。

 そんな良い視線と悪い視線を浴びた朝だった。




 四限終わりの昼休み。

 ふわあーっとあくびをしていると、猿山君が俺の席の方に寄ってきた。


「おい彦根」

「ん?」


 猿山君はギロリとした目で見下ろしてくる。


「パン買ってこいよ」

「……パン? パンが欲しいの?」

「早く買ってこいや!」

「うわっ!」


 猿山君が机をガンっとってくる。


「わかったよ」


 俺はそう言いながら……鞄を漁った。

 そして、スティックパンの一本を出す。


「はい、これ!」

「は?」


 猿山君は顔をしかめた。


「んだよこれは!」

「さっき女の子からもらったんだ。でも、全部はもらった子に悪いから一本ね」

「なめてんのかコラ!」

「え、二本?」

「はあ!?」


 しょうがないなあと思いながら、俺はもう一本取り出す。


「もう欲張りだなあ猿山君。二本欲しいなら最初から──」

「ちっ、もういらねえよ!」

「えっ」


 だけど、そう言うと猿山君はどこかへ行ってしまった。


 どうして。

 パンが欲しかったんじゃないのかな。


 それになぜか柏木は隣で爆笑している。


「お前、おもろすぎ」

「……?」


 不思議な猿山君。


「んまんま」


 パンはすごく美味しかった。





 昼休みが終わり、五限。

 今回は外でサッカーみたいだ。


「ねえねえ彦根君!」

「今日、家行ってもいい?」

「次の配信はいつするの?」


 けど俺は、グラウンド際のベンチで女の子達に詰められていた。


「い、いや、その~……」


 授業は四チームで交代制のゲーム方式。

 だから、二チームは余っているんだ。


 俺のチームが休憩になった途端、こうして詰め寄られてしまった。

 ──だが、そんなところに。


「危ない彦根!」

「!!」


 声がした方を振り返ると、俺の目の前にボールが迫っていた。


「「「きゃー!」」」


 近くには女の子達。

 もう避けられない……!


「うわあっ!」


 ──パァンッ!


「……え?」

「「「え?」」」


 だけど、俺がびっくりして叫んだ途端、ボールは目の前で破裂した。


「大丈夫か彦根!」

「え、うん」


 寄ってきてくれた柏木。

 俺は周りの女の子にも目を向ける。


「みんなも大丈夫?」


 だけど、返ってきた反応は思っていたものと違った。


「今の何!?」

「ボールが破裂したよ!」

「びっくりしたあ……」


「……え。あ、うん」


 みんなには曖昧な返事をしながら、ふと自分に触れてみる。


 今のはなんだったんだろう。

 なんとなく体の内側が一瞬熱くなったような感覚がしたけど……。


 とにかくみんなが助かって良かった……かな?


「ちっ!」


 その後のグラウンドには、猿山君の舌打ちの音だけが残った。



 


 そんな一日を過ごして、放課後。


「おい彦根」

「ん?」


 帰ろうとしていたところ、校門で声をかけられる。

 学校で話しかけてきていた猿山君だ。


「ちょっと自宅があれだからって調子に乗ってんじゃねえぞ」

「え、そんなことはないよ!」


 俺は手を横にぶんぶんと振りながら否定する。

 だって義姉さんとのやり取りを見られて、どれだけ悶絶もんぜつしたことか。

 学校であまり触れられなかったのは幸いだったけど。


「その態度が気に食わねえんだよ」

「ご、ごめん」


 そうして、猿山君は俺を睨みながら振り返った。


「ぜってー後悔させてやる」

「?」


 猿山君はニヤリとした顔で帰って行った。


「うーん。なんだったんだろう」


 とにもかくにも、バズった(?)影響もあり、忙しい一日になったのだった。

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