第7話 明らかに日本人ではないお姉さん

 「はっ、はっ!」

「キュイ、キュイッ!」

 

 俺は急いで地上へと駆け上がる。

 リビングに顔を出すと、そこにはさっき聞こえた声の主がいた。


「……ねえさん」

「あ、ホシく~ん!」

「おかえり」

「たーだいまっ!」

「んむっ!」


 目が合った瞬間、いきなり柔らかな感触に包まれる。


「く、苦しいって」

「え~いいじゃない、ちょっとぐらい!」

「毎日だからだよ。はい離れて」

「やん」


 柔らかな感触から離れて見上げると、ねた表情をしている女性。


 彼女は『エリカ』姉さん。

 血は繋がっていないけど、「お姉さん」と呼んでと言われているからそうしてる。


「も~冷たいなあ」


 腰あたりまで伸びたサラサラな黄緑色の髪。

 スカイブルーの瞳。

 胸が大きく出た豊満なボディ。


 見た目通り日本人ではない。

 でも、ずっと一緒にいるからもう慣れた。

 両親がいないこの家で過ごせるのは、姉さんのおかげでもある。


 だけど、一緒に過ごす難点はいくつか。


「じゃあおやつ食べよっか」

「ガキじゃないから。あと頭でないで」


 まずは甘やかすのが大好きなことだ。

 俺も高校生だし、そろそろ恥ずかしい。


 とは言いつつも、一応おやつはもらっておいた。

 一応ね。


「お姉さん、今日は料理教室に行ってたんだよ」

「へー」


 姉さんが出したパンケーキを食べながら、なんとなく話す。

 

「キュイ~!」


 めろんにはダンジョンで採れる果物だ。

 喜んで食べる姿は可愛い。


「それでね」

「え、うん。……ん?」


 姉さんはゆっくりとこちらを振り返った。


「さっきは何をしてたのかな?」

「え」

「地下からすごく急いできたみたいだったけど?」

「な、なんのことだか……さっぱり」


 さっきのことと言えば、もう配信しかない。

 俺は目を逸らしながら隠す。


「本当にそうかな?」

「……うん」

「ふーん?」

「ち、近いって」


 だけど、横を向いても下を向いても、姉さんは視界に入ってくる。

 やがて姉さんは俺の後方に目を向けた。


「じゃあ、それはなにかな?」

「……!」


 姉さんが指差した方向には、浮遊型カメラ。

 何故かまだ浮いていて、こちらを映してる。

 

 ここまで言われれば仕方がないか。


「……配信をやってたんだよ」

「へえ配信! それはすごい! じゃあ~」

「なに?」


 何が言いたいか分かっていながらも聞き返す。


「お姉さんも配信に載りたい!」

「ダメ」

「がーん!」


 姉さんは口を四角にして落ち込んだ。

 なんともわかりやすい。


「ど、どうして?」


 うるうると涙ぐませながらお願いしてくる姉さん。

 それでも俺は断る。


「……恥ずかしいから」

「なにがー?」

「だって絶対配信でもこの調子でしょ」

「そりゃもちろん!」


 姉さんは立ち上がり、人差し指をピンと伸ばした。


「お姉さんとホシ君が仲良しってことをみんなに見せないと!」

「うん。だからダメ」

「も~!」


 ぷんぷん、と言いながら姉さんは両手を腰に当てた。

 もうそんなのが似合う年じゃないと思うけどな。


「ごちそうさま」

「はーい」


 パンケーキは美味しく頂いたので、俺は浮遊型カメラに近づく。


「どうやって止めるんだっけ」


 ナナミから譲ってもらった時は、段ボールに収まっていたはず。

 だから地下ダンジョンに置いてきたと思ったんだけど。


「うーん?」


 色々といじっている内に、カメラの上部分が赤く光っていることに気づく。


「え」


 俺はナナミの言葉を思い出した。


 『ここが光ってる時は配信中なのよ』


「……!?」


 ちょっとまって、冗談だろ!

 

 俺は焦りながら、カメラを操作する。

 すると、パッとホログラムのようなものが再び宙に映し出される。


《お》

《やっと気づいたww》

《見てるー?》

《やっほー》

《再びこんちは~》


「!?」


 俺は頭が真っ白になりかけながらも、視聴者に尋ねてみる。


「あの、もしかして……ずっと映ってました?」


《もちろん》

《映ってたよ!笑》

《ばっちりなww》

《お姉さんこんにちは~》

《甘えてたねニヤニヤ》

《うらやましいぞ!》


「な、なんてこった……」

 

 どうやら俺は配信を切ったのではなく、コメントを映し出す設定のON/OFFを切り替えていただけらしい。

 つまり、俺が気づかない内に配信は続いてたってわけだ。


「うああああーーー!」


 俺は思わず声を上げて悶絶もんぜつした。


 じゃあさっきの抱きつかれたのも、一応もらっておいたおやつを食べていたのも、全部見られたってことかよ!

 そんなの恥ずかしぎるだろ!


《叫んでて草》

《悶絶してるww》

《たしかにちょっと恥ずいww》

《高校生だもんなあw》

《どんまい!笑》

《あー面白かったー!》

 

 やってしまった。

 俺は頭を抱えてゴロゴロと転がる。

 

「わあ。これが配信なんだね!」


 そんな中、ここぞとばかりに姉さんがカメラに近づいた。


「どうも~。ホシ君のお姉さん、エリカで~す」


《こんにちは~!》

《エリカさん!》

《やばめっちゃ美人!!》

《こんなの人見た事ない!》

《日本人じゃないよね?》

《日本語うますぎじゃね?》

《きれいな人!!》


 何やら盛り上がっているらしいけど、俺はもう頭がおかしくなってそれどころではない。

 だけど、次の言葉には耳を疑った。


「すご~い。20万人にも見てくれてるよ~」

「に、20万人!?」


 うそだろ、さっきは10万人だったはずなのに!

 俺は勢いよく立ち上がった。


「そうだよ~、ほら」

「ま、まじかあ…………」


 そんなの黒歴史確定じゃないか。

 俺は再び気を失いかけた。


 その間にも姉さんと配信は続く。

 

《お姉さんは、ホシ君とはどういう関係なんですか?》


「え、お姉さんとホシ君の関係? そうだなあ」


 姉さんは俺の方を振り向く。


「言ってもいい?」

「……もう好きにして」

「それじゃあ~」


 姉さんは、その黄緑色の髪をわざとらしくサラリをとなびかせて答えた。


「お姉さん、エルフなんです」


《エルフ!?》

《え、あのエルフ!?》

《まじかよ!》

《どおりで綺麗なわけだ!》

《これはエロフ》


「元はダンジョンにいたんだけど~、今はホシ君のお姉さんってわけだよ」


《はあ!?》

《うらやま》

《ずっる》

《ホシめ、けしからん奴だ!》

《エルフの姉ちゃんだと……》


 俺は不思議に思って尋ねてみる。


「え、でもエルフって言ってもそんなに珍しくないんじゃ」


《何言ってんだよ!》

《珍しいどころじゃないぞ!》

《普通は人型ですらない》

《ただ緑の塊って感じだよな》

《それをこんなエロ……》

《けしからん!!》


 どうやら俺の認識とは違ったらしい。

 それどころか、普通は人型ですらないとか。

 これも『魔素水』とやらの効果なのかな。


「ふふーん」


 そんなコメント欄に、姉さんはニヤリとした。


「お姉さんのすごさ分かった?」

「いや全然」

「も~いじっぱり!」

「だからくっつくなー!」


《おっふ》

《お胸さんが》

《くっそ羨ましいぞ!》

《こんな姉いたらなあ》


 そうして少しだけ話をした後、今度こそ配信を閉じる。

 この事故はのちに「切り抜き」とかいうものでさらにバズっていき、俺の黒歴史は拡散され続けるのであった。


 ていうかナナミの奴、配信見てなかったのかよ。

 見るって言ってたし、電話をくれてもいいじゃないか。


「うあああああー!!」


 こうして、俺の初配信は終えたのだった。







 その頃のナナミさん。


「女の人ぉ……」


 気絶しており放送事故に気づかず。

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