第6話 Fランク探索者、Sランク魔物とたわむれる(激しめ)

「だから、めろんもこうなるんですね~」


 俺は隣のめろんに視線を向ける。

 カメラも空気を読み、引きでめろんを映す。


《ファッ!?》

《なんだ!?》

《はい!?》

《???》

《どういうこと!?》

《なんじゃこりゃーーー!!》


 そこには、体が大きくなった・・・・・・めろん。


「ギャオッ!」


 緑のもふもふな毛並みは残しつつも、所々に浮き出る筋肉。

 バサッと音が鳴る立派な翼に、伸びた尻尾。


「グオ!」


 さっきの小さな姿からは一転。

 かっこよさが全面に押し出ためろんが宙を舞っていた。


「ははっ、興奮したんだな」

「ギャオ!」


 地下のダンジョン内で興奮すると、この姿になるんだよね。

 大抵は飲んだり食べたりする時だ。


「可愛いけどね~」

「ギャウゥ~ン」


 頭を抱えてなでなでする。

 体は大きくなっても可愛いものは可愛い。

 人懐っこい性格は変わらないからね。


 だけど、


「え?」


 ふと見たコメント欄の方はとんでもないことになっていた。


《おいおい!》

《ちょっと待って》

《この姿……》

《まさか》

《そうだよな?》

《本物か!?》


「ん?」


 視聴者がまるで共通認識を持っているみたいだ。


「みんな? どうしたっていうんですか」


 その問いに答えてくれたのは、またもあの人物。


《日向ヒカリ:その子、間違いなく『ドラゴン』よ!》


 コメント欄は一気に加速する。


《だよなあ!》

《やっぱりかー!!》

《めろんお前ドラゴンだったのか!》

《だから飛んでたのかよ!!》

《ドラゴンって実在するんだ!!》

《かっけええ!》


「!!」


 その盛り上がりように、めろんの方をゆっくり振り向く。


「めろん、君……」

「ギャオ?」

「ドラゴンだったのかー!」


《お前もかい笑》

《ズコー》

《だからなんで知らねえんだよw》

《一緒に過ごして来たんじゃないのかww》


「大きくなるなあとは思ってましたけど」


《こいつw》

《もうダメだ》

《ここまでとはw》

《灯台下暗しの極み》


「教えてくれてもいいじゃーん、めろん」

「ギャオ……」

「え、何回も言ったって?」

「ギャオ」

「そっかあ」


《会話できてんの?w》

《でも何回も言ってたの気づいてないじゃん》

《できてるんだかできないんだかw》

《腹いてえw》


「幼い頃から遊んでいるんですけどねー」


 固定概念って怖いんだね。

 幼い頃からトカゲだと思って過ごしてきたら、そうにしか見えなかったよ。

 割とびっくしたけど、視聴者が盛り上がってくれたならいいかな。


 視聴者のコメントは続く。


《遊ぶって何をするんですか?》


「んーと、単にじゃれ合ったりとか、ですかね」


《さっきみたいな?》


「それもありますしー、もうちょっと激しめ・・・の時もあるかも」

 

 だけど、この言葉で少しコメントが流れる速度が落ちる。


《激しめ……?》

《それってどういう?》


 イマイチピンときていないみたいだ。

 そういうことなら!


「めろん、あれをしよう!」

「ギャウ!」


 俺たちは入口から少し奥、いつもの遊び場へ進む。

 そこの地面は楕円だえん形に草原がくり抜かれており、土俵・・のようになっている。


 俺たちは距離を取って向かい合い、お互いにぐっと腰を落とした。


《何が始まるんだ?》

《なんか土俵みたいな……?》

《え、これまさか》


「いつでもいいぞー」

「ギャオオオ!」


 合図と共に、めろんは全速力で突進してくる。

 視聴者も完全に理解したようだ。


《相撲!?》

《相撲だ!》

《やっぱりか!》

《ドラゴンと相撲!?》

《相手Sランク魔物だぞ!?》


《日向ヒカリ:大丈夫なの!?》


「うおおっ!?」

「ギャオ!」


 めろんと俺の体がぶつかり、激しい音がなる。


《爆発音したぞ!?》

《音えっぐ!!》

《ぶつかる音ドガーンでわろたwww》

《死ぬて!》


「ぐううぅぅ」

「ギャオオ!」


 その圧倒的な力の前に、俺は一気に土俵際まで詰められる。


《大丈夫か!》

《そりゃそうだろ!》

《むしろなんで耐えてんだ》

《普通の探索者なら体粉々だぞ!?》


 だけど、土俵際で勢いはピタっと止まる。


《え?》

《は?》

《!?》

《止まった?》


《日向ヒカリ:うそでしょ……》


「ふっ」


 俺はニヤリとしながらめろんを見上げた。

 

「強くなったな、めろん」

「ギャオ!?」

「おりゃああああ!」

「ギャイ~ン!」


 俺は体を後ろに反転。

 その勢いのまま、背負い投げでめろんを投げ飛ばした。


「ふー」


 めろんの足が土俵外についたのを確認して、汗をぬぐう。

 俺の勝利だ。


《!?》

《は!?》

《投げ飛ばした!?》

《勝つんかよwww》 

《なんじゃこいつwww》

《強くなったなで草》

《やっばwww》


「大丈夫かー、めろん」

「ギャウゥ」


 体は特に問題はなさそうだけど、めろんは立派な羽根を下に向け、しょぼんとしているように見える。


「まあまあ、またいつでも付き合うから」

「ギャオ!」


 頭をなでなでしてやると、めろんは機嫌を直してくれた。

 でも、コメント欄の様子がおかしい。


《いやいやw》

《遊ぶというかww》

《これ探索者界隈ざわついてるって》

《Sランク魔物と生身でぶつかるとか》

《前代未聞どころじゃねえぞこれ》

《ただの化け物で草》


「ひどいです、化け物だなんて! なあ、めろん」

「ギャウ……」

「え、もしかして、めろんもそう思ってんの?」

「ギャウ」


 めろんはゆっくりと首を縦に振った。


《思われてるやんw》

《同意されてて草》

《毎日こんなことしてんのか……》

《でも強さの秘訣はなんとなく判明したな》

《こうして化物が生まれるんだ……》

《判明しても参考にならんwww》


「まあ、ワイバーンよりは手応えありますけど」


 そんなことをつぶやいたら、また大量のツッコミに合ってしまった。

 また、質問にも目を向けてみる。


《めろんちゃんは、ダンジョンではずっとこの姿なんですか?》


「いや、違いますよ。めろん」

「ギャオオォォ…………キュイッ!」

「ほら」


 低い声から段々高く、大きな体から段々小さくなり、やがてめろんは元のサイズに戻った。


自由に姿を変えられる・・・・・・・・・・んですよ」

「キュ~イッ!」


《きゃわ~!》

《鳴き声すき》

《こっちの方が好きかも》

《でも、さっきのフォルムもかっこよかったよ!》

《どっちも好き!》


「どっちも好きだって。よかったな~めろん」

「キュイキュイッ!」


 そんな姿を見せたからか、例の子のコメントが目に付く。


《日向ヒカリ:あのドラゴンの感情までも手懐けてるなんて。まだ討伐記録もないのに……》


 でも、それには同意できなかった。


「手懐けるっていうか……」

「キュイ?」

「家族ですよ」

「キュイ~!」


 そっとめろんを抱きかかえた。


《良い話かよ》

《ぐっとくるやん》

《ホロリ》

《;;》

《いやおかしいんだけどね?w》

《お前ら冷静に考えろww》


 そんな中、唐突にチラホラと賛辞のコメントが流れてくる。


《おめでとう!》


「ん?」


《おめ!》

《すっげ!》

《初配信でかよ!?》


「何がですか?」


《視聴者数!》

《見てみて!》


「えーと……え、えええ!?」


 そこには『10万人が視聴中』との文字が。


「うっわーすげえ!! わーいわーい!!」


《おめでとう!》

《なんか魔素水の話より喜んでて草》

《どちらかといえばこの家の方がすごいけどw》

《ちょいちょいズレてるんよw》

《てかほとんど》

《すごいんだけどね》

《推せるわあw》

 

 気分はもう最高潮。


「じゃあ他のペットも……って、あ!」


 だけど、残念なものが目に入ってしまう。

 俺は頭を下げながらカメラに目を向けた。


「すみません、今日はここまでにします!」


《え》

《急に?》

《どうした》


「ちょっと時間が……」


《時間か》

《予定あるんだな》

《しゃーなし》

《残念だけど仕方ない》


「はい。SNSも作ったので次回の配信はそこでします!」


《りょーかい》

《もうフォローしたよ!》

《次の楽しみ!》


 うんうん、急にはなってしまったけど、文句も言わずにコメントをくれる。

 みんな良い人たちだなあ。


「では、また次回の配信で──」

「ただいまー」

「……!」


 だが、ふいに玄関の方から声が聞こえる。


 これはまずい!

 急いで配信を切らなければ!


「じゃ、じゃあ終わります! ありがとうございましたー!」


《待て》

《なんだ今の声》

《ちょま》


 俺は急いでカメラを操作した。


「……聞かれてないよな?」


 だけどこの後、俺は後悔することになる。

 この時もっと丁寧に確認しておくべきだったと。

 







<三人称視点>


 ホシの配信が終わった同時刻、とあるマンションの一室。


「あ、ああ……」


 一人の少女は天を仰いでいた。

 コメントも残していた「日向ヒカリ」だ。


「ありえないわ」


 今の今まで行われていたホシの初配信。

 その情報量が多すぎて、とても受け止めきれないでいるのだ。

 

「魔素水に、ドラゴンですって……?」


 Sランク探索者のヒカリだからこそ、ホシの配信の非現実的さを身に染みて理解することが出来る。


 そして、さらにすごいのはその相互作用・・・・

 川のように流れる超希少素材の『魔素水』。

 加えて、ダンジョンの外でも生きられるドラゴンという最強種族。


「そりゃワイバーンなんて目じゃないわよ」

 

 ただでさえSランクオーバーのドラゴン。

 それが魔素水を飲みまくり、もうとんでもないことになってる。

 その強さは想像もつかない。


「SNSもすごいし」


 ヒカリはスマホの『ツブヤイター』に視線を落とす。


 そこには、天の川ナナミの配信時と同様、いやそれ以上にトレンドを埋め尽くす『彦根ホシ』の話題が上がっていた。

 配信終了直後の今、勢いは止まる事を知らない。


「……」


 それと同時に、ヒカリの中には不安な気持ちも生まれる。

 

 高校生で唯一のSランク探索者。

 150万人を超える配信チャンネル。


 その影響力をもってしても、今のホシの勢いは止められそうにない。


「こうしちゃいられない!」


 ヒカリはすぐさま立ち上がった。







 同時刻、ここは一軒家の中の一室。


「あ、ああ……」


 ここにも天を仰いでいる少女が一人がいた。

 ホシの幼馴染「天の川ナナミ」だ。


「うそお……」


 ホシの初配信は、一瞬も目を離すことなく画面に張り付いていた。

 ホシが家に来ることはあっても、ナナミがわざわざ山奥のホシの家には行ったことはないからだ。

 つまり、この配信で初めて彼の家をのぞいたことになる。


「そんなバカな……」


 配信を見つめる中、聞きたいことはたくさんできた。


 なんで魔素水が流れているのか。

 なんでドラゴンがいるのか。

 そもそも、どうして家がダンジョンだったことを教えてくれなかったのか。

 

 だがそれらの疑問は、最後の最後に全て消え失せた・・・・・

 今のナナミの脳内にはたった一つ。


「女の人の、声……?」


 最後に聞こえた「ただいまー」の声。

 あれは確実に女性だった。

 しかも、幼馴染である自分すら聞いたことのない・・・・・・・・女性だ。


「きゅー」


 ナナミは遺言のような声を残し、白目をむきながら後方にパタリと倒れた。

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