盂蘭盆会戦争

西順

盂蘭盆会戦争

 お盆となれば地獄の釜も蓋を開けて先祖の霊が帰省する。何て話も今は昔の過去話。現代ではお盆と言えば行楽シーズンのど真ん中で、帰省なんてさっさと済ませて、行楽地へ行ってしまうのが現代のお盆と言うものだった。


 しかしそれもちょっと前までの話で、現代では実入りが少なくなり、夫婦共働きでも子供を大学まで通わせるのは大変な時代だ。当然海外やら遠くの行楽地に行けるだけの金銭的余裕などある訳もなく、実家に帰省するのだってお金が掛かる。結果は近場の行楽地が賑わうようになる訳だ。


 ではそんなお盆を、先祖の霊たちはどのように過ごしているかと言えば、地獄は落ちてくる人霊が増え過ぎて、お盆に休暇を取る暇などなくなっており、365日フル稼働で鬼の刑吏が働いていた。


 こんなブラック企業も真っ青な職場で働いていられるか! と鬼たちがストライキを始めたのがつい先日の事。それも閻魔庁の前を陣取ってやらかしたものだから、閻魔大王は次々やってくるはずの霊たちの裁判を行えず、閻魔庁の前は鬼と霊たちで溢れ返ってしまった。


 さてどうしようか? これは極楽浄土の阿弥陀如来に助けを乞うべきか。と閻魔大王が悩んでいる所で、外からどんちゃん騒ぎの音が聴こえてくるではないか。何事か? と閻魔大王が窓から顔を覗かせると、なんと鬼と霊たちが酒盛りを始めている。どこからそんな物を持ち出したのかと不思議がった閻魔大王だったが、ハッとして閻魔庁の蔵を確かめに行けば、そこは既にもぬけの殻。鬼たちが閻魔大王がこれまで集めた美酒佳肴を接収せしめた後であった。


 これには怒り心頭となった閻魔大王は、別の蔵から戦車を持ち出し、鬼と霊たちへと155mm榴弾砲をぶち込むに至り、そんなものに屈するか! と酒で気が大きくなっていた鬼と霊たちは結託し、三途の川に巡洋艦を無理矢理浮かべて、艦隊地ミサイルで対抗してくる始末だ。


 ここに閻魔大王対鬼霊連合軍の大戦争が勃発し、地獄は更なる地獄と化し、ただ静かに職務を全うしたい鬼や、天国行きが決まっている霊たちは、こんな馬鹿げた戦争に付き合っていられない。とばかりに難民となって極楽浄土へ逃げてきたが、数が数だけに受け入れきれない。とあの阿弥陀如来までNOを突き付け、それでは仕方がないと諦めた謹厳実直な鬼と霊たちは現世へと逃げ延びてきた。


 しかして現世を生きる日本人たちに鬼や霊を受け入れる素養があったのかと問われれば……あったのだ。


 マンガやアニメで育ってきた世代が、既に子や孫を持つ世代となっている現代では、鬼や霊など別段珍しい存在ではなくなっており、それよりも近年の少子高齢化による働き手の減少を下支えしてくれる存在として、両手を上げて歓迎した。


 鬼たちはその力を活かして老人ホームなどでソーシャルワーカーとして働いたり、また漁業や農業などの後継となる担い手の少ない場所で働き、霊たちはその先達としての知恵でもってアドバイザーの地位に就いたり、霊能力による交信や念力などを人間に貸し与える事で、日本人の生活向上に力を貸した。


 これによって日本のGDPは急激に上昇し、焦ったのは他の国々である。鬼や霊の存在はアニメなどで世界中に発信されており、その存在は認識していたが、まさかその手があったか! と膝を打った各国は、これを真似して自国の霊が霊界へ行くのを阻止、死後も自国で働かせる例が続発しだしたのだ。


 これに頭を抱えたのが各国各宗教の神々である。


「日本よ、どうしてくれるんだ? これではいずれ誰も霊界に来なくなり、霊界が滅んでしまうぞ!」


 と正しく八百万の神々に脅されては、阿弥陀如来も閻魔大王もそれに従うしかなかった。


 こうして閻魔大王対鬼霊連合軍による大戦争は、阿弥陀如来を始め、各国の神々の介入によって有耶無耶のうちに終結せしめられ、その後、極楽浄土から優秀な神材を地獄に送り込む事で、鬼たちの労働環境も改善したのだが、現世に逃げ延びた鬼や霊たちの一部は、中々霊界へ戻ってはこなかった。


 他の国では霊たちは皆霊界へ向かったのに何故日本だけ? と各国各宗教の神々は不思議がっていたが、現世日本に残った鬼や霊たちは、生来のオタク気質が死んでも地獄に落ちても治らなかっただけなのだ。

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