第2話 恐竜世界

水場を探すことになったあたし達だが、、勝山博愛のおかげで案外すぐに湖を見つけることができた。

博愛曰くこういったサバイバルは慣れているらしい。

湖には先客が水を飲みに来ており、それはダチョウのような姿をした羽毛の生えた恐竜だった。


「あ、あれだよ。私がさっき見た恐竜」

「ねえメアリさん、あそこにいる恐竜は大丈夫な奴なの?」

「あれはオルニトミムス、木の実を主食とする小型の草食恐竜デス。先程のアンキロサウルスとは違い危険な武器もないので近づいても安全だと思われマス」

「そっか…それなら安心ね…では水確保と食料探し、始めちゃいましょうか!」

「…あ、でも水中にワニが潜んでいる可能性があるので注意するに越したことはないデス」

「ちょ、ちょっとメアリさん!それもう少し早く言いなさいよ!あたし今思いっきり空のペットボトルに水汲み始めてたわよ!」


恐竜の次はワニに警戒しなくちゃいけないなんて、こんなの命がいくつあっても足りないわ…。

これが恐竜時代か、恐ろしい…。


三人で話し合った結果あたしが水汲み役、博愛が食料調達役、メアリが見張り役になった。

あたしは三人分の水をペットボトルにすぐ汲み終わらせて少し休憩。

すると、博愛が何かを見つけたようであたしにそれを見せつけてきた。


「優里、亀見つけた」

「うわぁ可愛いわね!ペットにでもするの?」

「いや、食べるけど?今の私達にペット飼う余裕ないし」

「…た、食べる!?そ、そんなの可哀想よ!」

「優里、今私達はサバイバルしなきゃ生き残れない状況だから。好き嫌いしちゃダメだよ」

「で、でも無理よ!あなた達が食べるならまだしも、あたしは無理!ペットのインドホシガメのカタリナちゃん思い出しちゃうから食べれないわ!」

「…それなら仕方ない、魚とか蟹とか他に食べれる生き物探してみる。この亀は私とメアリでいただくことにするよ。優里、ごめんね」

「…あたしも、わがまま言ってごめんなさい」


博愛はそれから亀以外に魚と蟹を数匹捕らえてきて、学生鞄から取り出したサバイバルナイフでそれらを絞めた後岩の上で素早くカットし、串に刺してマッチと落ちてた枝で焚き火を用意して炙り、塩を振りかけてあたし達が食べやすい美味しい食事を提供してくれた。

本当にこの人がいてくれて助かった…もう今夜は博愛様に足を向けて寝られないよ…。


博愛様曰くサバイバルナイフなどはこういった事態に備えてシンガポールの行きつけの店でこっそりと購入していたらしい。

昨日までのあたしなら変人行動だと思いっきり軽蔑していただろうが今回ばかりは本当に助かった、ありがとうございます。


あたしとメアリは博愛様に全力で感謝し、美味しい食事にありついた。

すると食事中博愛様があたしに自分の焼き魚を差し出してきた。


「幸せそうに食べる優里にプレゼント。はい、あーん」

「ちょ、ちょっと勝山さん!イケメンフェイスをあたしの顔に近づけるんじゃないわよ!照れるでしょうが…」

「博愛でいいよ」

「では博愛さん!あたしは自分の取り分だけで十分なのでお構いなく!」

「ワーオ!二人はラブラブデース!ヒューヒュー!」

「ち、違うわよ!お馬鹿!」


なんか勝山博愛がクラスの女子に大人気な理由、ちょっとわかった気がする…。


そんな感じで食事をしながらイチャついてると、新たな恐竜が水を飲みに向こう岸の森の奥から姿を現した。

有名恐竜トリケラトプスに似ているが二本の大きな角がないし、鼻のところにある大きなコブが特徴的だ。


「ねえメアリ、あの恐竜は何?」

「パキリノサウルス、北アメリカで化石が発掘されたトリケラトプスのお仲間デス!いやー図鑑と化石でしか見れなかった恐竜がいっぱい生で見れてメアリ超感激デース!でも欲を言えばトリケラトプスやパキケファロサウルスも見たいデス!あ、一応ティラノも」

「ティ、ティラノ!?」


あたしは驚いて思わず立ち上がってしまった。

その名前なら聞いたことがある、恐竜の代名詞にして最強の肉食恐竜だ。


「…そ、それってあの某映画で人を襲っていたティラノサウルス・レックスのことよね!?いるの、この時代に!?まさかヴェロキラプトルもいたりするの!?」

「ティラノサウルスなら時代的にいてもおかしくないと思いマス。ヴェロキラプトルはアジアの恐竜なので多分いませんが、仲間で身体が一回り大きなダコタラプトルは生息してるかもデス」

「…な、なにそれ…ティラノサウルスと巨大ラプトルがうろついてるかもなんて…そんなのに出会ったらあたし達終わりよ…終わり」

「優里、メアリ。食事が終わったら洞窟を探そう。凶暴な肉食恐竜から身を守れる拠点が今の私達には必要だよ」



食事後あたし達は洞窟探しをすることになった。

しかし三人が寝泊まりできる安全な洞窟なんて、そんな都合よく見つかるのだろうか…。


「優里!博愛!洞窟見つけたデース!」

「メアリ、でかした!」

「ええぇ…」


見つかるのかよ、こんな簡単に発見できていいのかよ。


だが、博愛曰くまだ油断はできないらしい。

洞窟内に危険な恐竜が潜んでいる可能性があるからだ。


まず博愛が石を投げて内部に何もいないことを確認、次に懐中電灯を照らしながら三人で中に入った。

洞窟内にあったのは無数の骨のみだった。


「…ひっ!骨!は、博愛さん!この洞窟大丈夫なの…?」

「状態から見てかなり風化している様子。前の居住者は随分昔にここを出ていったんだと思う。また新しく洞窟探す時間もないし、ここを拠点にしよう」


正直なところ気が進まないのだがこれから出歩く方がもっと危険だと判断したので、あたしは渋々ここで一夜を明かすことに了承した。



夜。


木の実や昼食の残りをいただいた後これから就寝しようとした時、事件は起きた。

南国の鳥のような声で鳴きながら小型の恐竜が複数洞窟の入り口に集まってきたのだ。


「メアリ、あの小さい恐竜達は何かわかる?」

「大きさから察するに恐らくトロオドン、肉食恐竜で一番知能が高いと言われてマス。一匹一匹は小柄ですが、あの群れが一斉に襲ってきたら今のメアリ達に勝ち目はないデス」

「…私がしばらく見張りをするよ。だから優里とメアリは今のうちに寝ておいて」


そう言って博愛は洞窟内の石や骨の欠片を投げて小型恐竜を攻撃する。

今のところ効いてるようだが、こんな状況だと寝たくても寝られないよ。


「…なんであたしがこんな目に合わなきゃいけないのよ…今頃ホテルマリーナベイサンズでゆったり休めたはずなのに…勉強も運動も頑張ってきたのに…学校では優等生で通っているのに…みんなから慕われているのに…あたし何も悪くないのに…あんまりよ、こんなの」


あたしはあまりの不安に押しつぶされて泣き出してしまった。

すると後ろにいたメアリがあたしにギュッと抱きついて、優しい声で頭を撫でてきた。


「小さい頃寝れない時にママがこうしてくれたらメアリはすぐにぐっすり眠れたデス。今度はメアリがしてあげるデス、優里が落ち着いて眠れるように」


…これが母性というのだろうか。

あたしは幼い頃から厳しく躾けられてきたので、このような体験をしたのは生まれて初めてだ。


「あとママはお歌を歌ってくれたデス、メアリも歌ってあげマス」


メアリはあたしの耳元でそう囁くと、美しい声で英語の童謡を歌いだした。

あ、このメロディー知ってる。

ロンドン橋落ちただ。

なんでこんな時に歌う歌がロンドン橋落ちたなのよ、馬鹿じゃないの。

それに無駄に歌上手いし、ネイティブだし。

あたしはメアリの歌声に安心して、しばらくすると深い眠りについた。



朝。


起きると洞窟の入り口に小型恐竜の姿はなく、気になる点といえば眠たそうにしている博愛とメアリだけだった。


話を聞いたところ傷心していたあたし抜きの二人で交代しながら見張りをしていたのであまり眠れなかったらしい。

あたしはおかげさまでぐっすり眠れました、誠に申し訳ない。


今夜からは自分も見張り番に混ざると伝えて二人を少し寝かせた後、昼頃からあたし達は活動を開始した。



昼頃。


あたし達三人はあまり洞窟から離れないよう、気をつけながら食料探しや使えそうなモノ探しをすることになった。


一時間程経った頃食べられそうな木の実がある程度回収できたので洞窟に運んでいる途中、あたしはスケッチブックに何かを描いている寺野メアリを発見した。


「こら、メアリさん!サボってるんじゃないわよ!」

「ワオ!優里に見つかってしまったデス!お願いだから許して欲しいデス!このファンタスティックな光景を見るとついつい描きたくなるデス!」


メアリの見ている方向にはサバンナが広がっており、そこには恐竜が群れをなしていた。

種類は三本の大きな角があるサイみたいな奴、カモノハシみたいな顔をした奴、キリンみたいに首が長くて巨大な奴と様々だ。


「ふーん、なるほどね…恐竜オタクのあんたが食いつくわけだ…」

「ハイ!メアリにとって夢にまで見たユートピアデス!」


恐竜に興味のない自分でさえ見惚れてしまう雄大な古代の自然。

せっかくだし、あたしもしばらく目に焼き付けておこうかな。

それにしても群れの恐竜、小さい頃読んだ図鑑で見知った顔が多い気が…。

名前、もしかしたら全員わかるかもしれない。


「ふふん。メアリさん、こう見えてあたしも恐竜ちょっとはわかるのよ。あの三本角がトリケラトプスで、カモノハシ顔がパラサウロロフス。そして首が長くてでっかいのがブラキオサウルスでしょ?」

「ブブー。トリケラトプス以外は不正解デース。カモノハシ面はパラサウロロフスと比べて体が大きくてトサカが短いので恐らくエドモントサウルス、ミイラ状の化石が見つかってることで有名デス。首が長いのはアラモサウルスだと思われマス。ブラキオサウルスはジュラ紀後期の恐竜なので生きてた時代が違いマース」

「くっ…たしかに恐竜は専門外だけどこうも外れると悔しいわね…」


日本に帰還できたら図書館で恐竜の本を借りて少し勉強しようかな。


それにしてもこの寺野メアリ、絵が上手い。

あたしも絵で賞を貰ったことはあるが、クオリティがあまりにも段違いだ。

まるで絵の中の恐竜が生きてるような躍動感。

このまま恐竜図鑑に掲載されても違和感ないだろう、そのくらい完成度が高い。

勉強も運動もダメダメな劣等生のイメージだったが、こんな素晴らしい特技があったなんて…。


「…ねえ、もう少し近づいてスケッチしたらどうなの?ここからだとあまりにも遠すぎるでしょ?いくら相手が野生でも、もう少しくらいなら近づいても怒られないわよ」

「いやダメデース、この森を出たら奴らに襲われるデース」

「奴ら?」

「上を見てみるデース」


メアリに言われて空を見上げる。

そこには蝙蝠のような巨大な翼を持った大型の生き物が二、三匹空を巡回していた。


「あれは…プテラノドン?」

「ケツァルコアトルスデース。魚食性のプテラノドンと違い小型の恐竜も襲って食べてたという好戦的な空の怪物、奴らに空から目を付けられたらひとたまりもないデス」

「たしかにアレに襲われるのは嫌よね…」


そんな感じでダラダラと雑談を続けていると、急に後ろから何者かに声をかけられた。


「その絵、メアリが描いたの?上手いね」

「ワオ!なんだ、博愛だったデスか。びっくりしたデース。ありがとデース」


背後にいたのは頬を膨らませて剥れている博愛だった。

まさか…仕事サボって恐竜観察してたのに怒っている…?


「は、博愛さん!これは違うのよ!ちょっと疲れちゃって!メアリさんの絵に見とれてしまって!だからそんな怒らないで!」

「…?別に怒ってないけど…?でも恐竜いっぱいでついつい見惚れちゃう光景だよね。私、動物のドキュメンタリーとかよく見るからこういうの好きなのに。二人だけの秘密にしててズルいよ、教えて欲しかった」

「うう…ごめんなさいデス…」


なんだ、そっちに怒っていたのか。


それにしても、いつも無口無表情でミステリアスで無愛想な勝山博愛があたし達に嫉妬して剥れている姿は珍しい。

なんか、ちょっと可愛いと思ってしまった。



それから一週間、あたし達は博愛の指導の下サバイバル術を駆使してこの恐竜世界を生き延びた。


博愛のサポートがあるとはいえサバイバル生活は決して楽でも快適でもなかった。

だが三人で仲良く協力してたまに馬鹿な話で盛り上がったりして、ある程度は楽しい生活を送ることができたと思う。


ただ、そんな中あたしは心の中で劣等感を感じていた。


勝山博愛はサバイバル術に長けてるし、寺野メアリは恐竜世界の生物に詳しい。

一方あたしはなんだ。


私立聖白百合女子学園では才色兼備の優等生だったのに、ここでは真逆の劣等生。

いや、劣等生どころか優しい二人の有能な部分に気づかず馬鹿にして軽蔑していた過去があるただただ性格の悪い無能女だ。


こんな自分が一緒にいても…果たして許されるのだろうか…。


そんな自責の念であたしが密かに苦しんでる一方、凶暴な肉食恐竜に襲われることのない幸運で平和な日々が続いた。


しかし、そんな束の間の平和は奴が現れたことで崩れることになる…。

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