声色について

大翔さんがたびたび口にする、声色ってなんですか?」


 ひじりの発言をきっかけに、全員の視線が大翔に集まる。


 思えば、彼が声色という単語を使うことはこれまでにも度々あった。


「先輩の……声、っていうか、声色? っていうか……」


 例えば、大翔が陽菜に興味を持ったきっかけを涼に話した時に。


「ああ、なんで今まで気づかなかったのか不思議なくらい、声色にめちゃくちゃ出てる」

「ひじりがいつだって、心の底から誰かのためになろうとしていたことは最初から知ってる。そんなもん、お前の声色見たら一発だよ」


 例えば、タイムリープを繰り返すひじりとの話の中で。


 そして、思い返してみれば、その単語の使われ方には少々違和感があった。


「それなあ……。まあ、俺もあまり言わなかったからそりゃそうなんだけど……」


 それを指摘された大翔が頭をかく。


 これまで積極的に口にしなかった自身の異常性を、話すべき時が来たのだろう。


 そう思ってもなお、上手く踏ん切りが付けられないせいでいやに歯切れが悪い。


 それでも、大翔は迷いながら選び取った言葉を発した。


「率直に言えば共感覚、ってやつなんだけど……」

「「共感覚?」」


 ぽつりと呟いた大翔の言葉に、涼とめぐるがおうむ返しして首を傾げた。


 テレビか何かで見たことがあるようなないような、そんな曖昧な知識しか持たない。


 ひじりも二人と同様に、分からないといった素振りのまま会話の成り行きを見守っている。


 そんな中、詳細を詳しく知る人物が、大翔の他にもう一人だけいた。


「感覚器官に刺激を受けた時に、別の感覚が発揮される、一種の体質のようなものだね。モノクロで書かれている数字を見た時に、本来ついていない色がついて見える、みたいな感じだね」

「そういうやつです」


 陽菜の説明に大翔は同意するが、涼とめぐるは分かったような分からないような、曖昧な反応を返すばかりだ。


 とはいえ、こればかりは実感が伴わないから、理解しろというのも難しいのだが。


 大翔自身、今まで共感覚について上手く説明できた試しもないので、理解のされづらさにはそこまで気にはしていない。


「……まあ、とりあえず、そんな感じのもんが大翔にもあるってことやんな? じゃあ、具体的に大翔の場合はどうなるんや?」

「俺の場合、人が言った言葉に色がついて見える」


 自分の眼を指さして、大翔が端的に答える。それ以上疑問が入る余地がないほどに簡潔な説明に、ぴたりと会話が止まった。


 誰も何も言わない空気に耐えられず、おずおずとめぐるが手を挙げた。


「……それだけ、ですか?」

「そう、これだけ」


 めぐるの疑問を、大翔はあっさりと肯定した。


 文字通り、声についた色を視認する。そんな能力。


 はっきり言ってしまえば、大翔の共感覚はそれほど大したものではない。先ほどまで時間を巻き戻したり、夢の中に介入してコミュニケーションをとるといったような、人智を超えた力を見せられ続けたのだから、余計に、だ。


 そんなしょぼい異常性に、大翔がただ、と付け加える。


「それだけなんだけど、声色は喋ってる人の感情によって変わるんだ。怒ってたら赤、悲しんでたら青って具合に」

「それって、言ってることと色が違ってたら、生きたウソ発見器みたいなことができるってことかいな」

「そういうこと」


 実際のところ、言葉と内心の食い違いを見つけることはかなり多い。


 だからといって、大翔はそれを指摘しようとはしない。自分自身を含め、そんな嘘は処世術の一つとして誰しもが活用している。それをいちいち気にしていても仕方ないのだ。


 とはいえ、否応なしにそんな嘘を嘘として見分け続けられてしまえば、おのずと気疲れして精神を削られてしまう。そうしていつしか人と関わることを避けるようになった大翔に、友人と呼べる相手はほとんどいなかった。


 だからこそ、彼と裏表なく接してきた涼と茉莉香の存在は、大翔にとってはありがたかった。


 友人との接し方を知らない大翔に、困った時は遠慮なく頼ってもいいと教えてくれた涼には頭が上がらない。


 茉莉香からは大体罵声と、嫌っているという負の感情ばかりぶつけられたが、そのすべてが率直で素直な思いだったからか不思議と嫌な気にはならなかった。

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2024年12月12日 21:00

逆巻ひじりのねがいごと くろゐつむぎ @kuroi_tsumugi

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