返却

「ところで、どうして私は、このような夢を見たのでしょうね?」


 病室の雰囲気が暗く沈んでいく中、ふとひじりが思い出したように口を開く。


 まるで今晩の献立は何か疑問に思うような、なんてことのないような口調だった。


「そんなもの、分かる訳がないだろう」

「それもそうですね」


 陽菜の返答に、ひじりはあっさりと同意する。


 夢など、望んだ内容のものを好きなように見れるような、そんな都合のいいものではない。


 見た夢から逆算して現実へどのように影響するかを見定める夢占いというものもありはするが、それが実際のところ当たるようなものなのかは定かではない。


「ですが、もしも理由をつけるなら……」


 ひじりが立てた人差し指を顎にあて、ふと天井を仰ぎ見る。


 その仕草とは裏腹に、彼女の中ではもう答えは出ているのだろう。


 続く言葉は、案外すんなりと彼女の口から滑り落ちた。


「きっと、元の私も、今の私と同じように、寂しかったんじゃないでしょうか」

「いや、それはないだろう? ひじりは学校じゃ誰からも慕われていたっていう話ばかり聞いていたよ」

「あくまでそれはいい人であるという評価です。きっと、私は誰とも対等にはなれなかった」


 陽菜の反駁にひじりは首を横に振った。


 誰かの幸せが自分の幸せだといわんばかりに、誰かのためにと人助けを続けた彼女が、誰からも好意的にみられていたのは間違いない。


 そうしていつしか、誰からも慕われる対象として見て取られ、特定の誰かと特別距離を縮めることはできなかったのではないか。


 その時の記憶はないものの、元は同じ人物なのだ。おおよその予測は立てられる。


 そう言う意味では、存外ひじりと陽菜は似た者同士だったのかもしれない。


「ですが、今は違います。陽菜さんがいて、大翔さんがいて、さらに涼さんとめぐるさんもいる。だから、私はもう十分なんです」


 自称神様としてあらゆる手を尽くしてきたことは、結局、学生だった頃の時分とやっていることはそう変わらない。


 だが、幸運にも、今の彼女には親しくしてくれる人物が四人もいる。


 血のつながった姉妹であるめぐるは事情が異なるかもしれないが、それでも人数は当時の四倍だ。


「……本当に、それでよかったのかよ」

「ええ、もちろんです」


 迷いのない返事。穏やかな表情。笑み。


 欲しいものはもう手に入っていた。それにようやく気が付いた。


 きっと本心からそう言っている。返答を耳にして大翔はそう直感した。


「それと夢から覚める方法ですが、こうじゃないかなという方法がもう一つあります」


 そう言いながら、ひじりは病室の窓を開け放ち、窓辺にかかっていた千羽鶴の一つを両手に抱えた。


「私の持つ神様パワーを、この世界にお返しするんです」


 ひじりが千羽鶴を抱えた両腕に軽く力を込めると、彼女の胸の中で鶴が光を放ち始める。


 そのまま窓の外に向かって放り投げるように解き放つと、光る折り鶴達を繋いでいた糸がばらばらと解けていき、それぞれが思い思いの方角へと飛んでいく。


 そうして青空の中へと吸い込まれて、風景に溶けていくようにして見えなくなった。


「この三つの千羽鶴……もう二つしか残っていませんが、これを全部返してしまえば、おそらくこの夢も覚めるでしょう」


 確信ではない。ただの想像。


 だが、そんな憶測が間違っていないと、彼女は言った。


 やりたいことを思うがままにできる、そんな夢のような力を手放すということ。


 それが、夢そのものを手放し、もう一度現実に生き直すための儀礼となると、ひじりは言った。


「ということですので、唐突ではありますが、最後にやり残したことがあれば、今のうちに済ませてしまってください」


 窓辺のひじりがこちらを振り向き、そっと微笑んだ。


 空いた窓から入り込む風が彼女の白い髪を撫で、さらりと柔らかくなびかせる。


 いつか逆巻神社で大翔とひじりが初めて出会った時のような、思わず息を飲み、誰もが見惚れてしまうような光景が、そこにはあった。


 だが、そんな心情とは裏腹に、状況がそれを許さない。


「やり残したこというてもなあ……。そんなぱっと思いつくようなことなんてあらへんで?」


 少しの沈黙の後で、涼が率直な意見を口にする。


 口をつぐんだまま目配せをしていた他の三人も、おおむね彼と同意見だ。誰も、この日を持ってすべてが終わるなどと思っていなければ、そんな心づもりでこの病室に来てもいない。


 はっきりと言葉にされてそれに気付いたひじりが、ふむと相槌を打つ。


「では、最初に私からいいですか?

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