第十二章 二〇二二年四月九日(七)
もう一つの可能性
「みなさん、お揃いですね」
翌日、ひじりの眠る病室に訪れた大翔達は、すでに病室の椅子に座り、自分達を待っていた自称神様のひじりに声をかけられた。
おそらく昨日同様、病院の誰にも認知されないようにしながらここまで忍び込んだのだろう。近くにいたナースを捕まえてひじりのお見舞いに来たと伝えた時には、すでに誰かが病室にいるという話はなかった。
「それで、解決策ってなんだよ、ひじり」
「その前にまず、昨日のおさらいからいいですか?」
答えを急かす大翔の言葉に待ったをかける。どうやら会話の主導権を譲る気はないらしい。
それそのものは別にいい。ひじりの提案に大翔は了承して頷いた。
「昨日の陽菜さんの考察では、ゲームのキャラクターである私が現実に来た、ということになっていますよね」
本来ゲームの中の存在であるはずのひじりが現実に現れた。
その影響からか、彼女はプレイヤーである病室のひじりを認識できずにいた。
「でも、それですと、色々とおかしい部分が出てくるとは思いませんか?」
ぴっと人差し指を立てて、ひじりは陽菜の考察の否定を始める。
「私はゲームのキャラクターで、こちらの私はゲームのプレイヤーだとして、皆さんは一体どういう立ち位置になるのでしょう?」
彼らがゲームのプレイヤーであるのなら、なぜひじりは自分自身以外のプレイヤーを認識できるのか。
彼らがゲームのキャラクターであるのなら、なぜひじりだけが病室のひじりを認識できないのか。
ゲームのプレイヤーであり、キャラクターでもある一人二役であるのなら、なぜひじりだけがその役割を分断されているのか。
逆巻ひじりが主人公であるギャルゲーと例えた今のこの状況だが、それにしても、あまりにも彼女という存在が例外的すぎる。
「そしてもう一つ、昨日も使った私が言うのもなんなんですが、そもそも私の使う神様パワーってなんなんでしょう?」
自分の姿を認識できる人物を自由に選べる力。
誰かに任意の夢を見せ、意思疎通を行う霊夢。
そして、自由に所定の時間まで巻き戻し、自分の望む結末が来るまでやり直しを行うタイムリープ。
そのどれもが、現実では決してありえない能力だ。
そんな常識を、彼女はなんなく打ち壊してきた。
その理由は未だ不明のまま。
考えれば考えるほど、陽菜の口にした説には疑問が付いて回る。
だからこそ、ひじりは考え直すことにした。
そもそも私達は、根本的なところから何かを間違っていたのでは? と。
「もしかしたら、ですが、そもそも今私達がいるこの世界の方が夢で、そこに皆さんがいるのではないでしょうか」
交通事故に遭ったひじりが見る、過去のものではない、未来に向かって流れていく走馬灯。
それが、自分達が今いるこの世界の全てで、自分だけが奇妙なほどに特別扱いされ、特殊な能力を行使できる理由なのではないか。
「というよりも、陽菜さん、もしかしてこの可能性に気付いていたんじゃないですか?」
「……気づかれたか」
唐突に告げた反論の後で、ひじりはさらに陽菜に問いかける。
自分なんかよりもずっと優秀で頭がいい彼女が、自分でも気づけたような可能性に至らないわけがない。
そんなひじりの信頼にも似た感情を、陽菜は観念したように肯定した。
「……黙っていてすまなかった。この夢が少し名残惜しかった」
仮にこれがひじりの見る夢だとすれば、現実の陽菜とひじりはまた赤の他人へと戻ってしまう。そればかりか、大翔や涼、めぐる達とも出会うことはなかっただろう。
生徒会長を目指すことも、ゲームに触れることもないまま、ただただ退屈な高校生活を送っていたことだろう。
たとえそれが本来あるべき姿に戻るだけだったとしても、陽菜にはどうしても耐えられなかった。
そして、彼女がその可能性を口にしなかった理由はもう一つある。
「それともう一つ。これが夢だというひじりの説はまだ可能性でしかない。確証がないまま、夢から覚める方法を試す気にはなれなかった」
「そんな方法あるんですか?」
「これが夢かどうか確かめるために、頬をつねったりするだろう? その応用みたいなものだよ」
思わず口を挟んだめぐるに、陽菜がたとえ話を持ちかけつつ返答する。
その場にいる誰もが一度は耳にしてことのある、いたってよくある手法だ。陽菜の言葉に全員が頷いた。
そして、その内何人かは、この先彼女が言わんとしていることを先んじて理解してしまった。
陽菜もそれを承知の上で、意を決して口を開く。
「夢の主である逆巻ひじりに死んでもらう。夢から覚めるのならそれが一番手っ取り早い」
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