一時解散

「なるほど、それで私にタイムリープを辞めるよう言っていたわけですか……」

「こっちのひじりを認識できないから、ちゃんとした説明もできなかったからな」

「にしても、この千羽鶴、ちょっと万能すぎやせんか?」


「もしかしたら、これにお姉ちゃんが元に戻るよう書き込めば、その通りになるかもしれませんね」

「その可能性はあるね」


 ふとしためぐるの呟きに、陽菜はあっさりと同意した。


 まさか同意されると思っていなかった解決策に、めぐるが目を輝かせて陽菜の顔を見る。


「じゃあ、早速――」

「……だけど、それを実行するのはもう少し待ってほしい」


 口と体を同時に動かし、言うが早いが実行に移そうとするめぐるを陽菜が止めた。


「以前私は、今の状況をひじりが操作する恋愛もののギャルゲーに例えた。それは覚えているね?」


 そう言って、陽菜がいつかフードコートで行ったテレビ通話の内容を確認する。


 彼女の話を直接聞いていないひじりを除いた三人が頷く。


「もちろん、それだけで全部の説明がつくほど万能な例えじゃないわけだけれど、まだひじりについて分かっていないことはある。例えば、どうして今のひじりだけが、この病室にいるひじりを認識できなかったか、とかね」


 今のひじりはセーブデータをバグらせることでようやく病室に立ち入ることができたが、他の四人はそんなことをするまでもなくひじりを知り、見舞いに訪れることができた。


 ひじりが特別なだけであるのは間違いないとして、その特別な状況が起きた理由が説明できない。


「おかしいことといえばもう一つ。今のひじりが、元のひじりの記憶をまるごとなくしている理由もよく分かっていない」


 神社の境内でひじりは、逆巻神社で目を覚ます前の記憶がないと言っていた。


 その理由も、まだよく分かっていない。


 今更そんなものを気にする必要ないのではないかとは、誰も言わなかった。


 それを気にしなければいけない理由がある。そうでなければ陽菜はこの話題を切り出さない。


「ただ、そもそも今のひじりが、元のひじりとは別の存在だとすれば辻褄は合うと思わないかい?」


 ひじりがゲームのプレイヤーだと例えたが、厳密にはプレイヤーなのは入院している方のひじりで、今陽菜たちと会話している方のひじりはゲーム内のアバターキャラである。


 そして今、ゲーム内のアバターキャラであるはずの存在が現実世界にやってきた。


 元々ゲーム内の存在である、現実世界の住人でない彼女だけが、例外的にプレイヤーである人間を認識できない。


 ゲーム開始のタイミングで生み出された、プレイヤーの人間と別の存在だからこそ、ゲーム開始時点である、事故以降の記憶しか持たない。


 そこまで陽菜が語ったところで、涼が眉をひそめた。


 そのまま怪訝な顔をしながら息を飲み、口を開く。


「じゃあなんですか。ひじりさんを元に戻すために、今のひじりさんに死ねとでも言うんですか」

「その可能性があるから、私達だけで軽率に元に戻すなんて判断をするべきじゃないという話さ」


「いやちょっと待て。なんでそうなるんだよ」

「このひじりさんを元に戻すとして、今いるひじりさんはどうなるんやって話や」


 涼に言われて、大翔も彼らと同じことに気が付いた。


 今までゲームに例えられたやり方そのままに考えるならば、ひじりの目を覚まさせるということは、ゲームの電源を切ることになる、という可能性だって考えられる。


 それがひじりにとってどんな意味を持つか。それは涼が先んじて口にした。


 病室で未だに眠るひじりのことを思うのであれば、千羽鶴への書き込みを試さない理由はない。


 だが、心情的にそれを実行できるかは別の話だ。


 なにせ、大翔や陽菜は、自称神様である彼女と関わりすぎたのだから。


「私は元に戻すべきだと思います」


 それを承知の上で最初に意見したのは、この中で唯一、元のひじりとの関わりが深いめぐるだった。


「元のお姉ちゃんが死んじゃったら、今のお姉ちゃんも無事じゃすまないかもしれません。どちらかしか選べないというのなら、私は元のお姉ちゃんを選ぶべきだと思います」


「それはそうかもしれないけれど、それじゃ今のひじりがあんまりにも――」

「じゃあみすみすお姉ちゃんを諦めろって言うんですか!」


 誰よりも元のひじりと関わりが深いということは、裏を返せば誰よりも今のひじりと接点を持たないといっていい。


 だからこそ、最悪の選択を迫られた時、彼女は真っ先に今のひじりを切り捨てる選択ができた。


 そして、何より彼女は、誰よりも目覚めないひじりを待ち続けた人物だ。


 それが、めぐるの判断に拍車をかける。それこそ、反論する大翔へ思わず言葉が荒くなってしまうほどに。


「病院内ではお静かに」


 言い合いになりかけた大翔とめぐるを、一般的なマナーを口にしながら陽菜と涼が止めに入る。


「お互いの言い分はよう分かっとうから、二人ともちょい落ち着きいや」

「そうだよ。私が話したのはあくまで可能性の話だ。もしかしたら、案外もっとすんなり解決できる方法があるかもしれない」


 陽菜の言葉で多少の落ち着きを取り戻しためぐると大翔が、お互いに謝罪する。


 とはいえ、そのより良い方法が見つかる手立ても、そもそも存在するかどうかの確証もない。


 ひじりのタイムリープを止めさせたことでいくらか猶予はできたものの、いつまでもそれにかまけて時間を溶かしてしまうわけにもいかない。


 彼女のややのんびりとした口調と裏腹に、自分達に与えられた余裕は想像以上に少ないことは、この場にいる誰もが薄々感づいていた。


 その焦りが、無意識のうちに思考を鈍らせる。


「よし、ひとまず、今日はここでお開きにしよう」


 その流れを断ち切るために、陽菜が一つ手を叩きながら提案する。


 時間を置いたところで、いい案が浮かぶとは限らない。とはいえ、今ここで悩み続けるよりはいくらかマシだ。


「すみません、私はもう少しここに残っていていいですか?」


 そんな陽菜の提案に、唯一ひじりが手を挙げた。


 突然突き付けられたもう一人の自分の存在に、思うところがあるのだろう。そのひじりの提案に誰も反対はしなかった。


 陽菜、涼、めぐると、次から次へと部屋を後にしていく。


「それじゃひじり。また今度」

「ええ、また」


 部屋を最後に出た大翔が、廊下からひじりに声をかける。


 ひじりはベッドで眠るもう一人の自分を見つめたまま、大翔に空返事した。

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