「 」

「……分かりました。信じましょう」


 ややあって、ひじりが口を開いた。


「本当か?」


 その言葉を、大翔は思わず聞き返す。


 そんな彼に、ひじりはため息を吐いた。


「信じてくれと言ったのは大翔さんじゃないですか。……まあいいですけど」

「じゃあ――」

「ただ、一つだけ教えてください」


 口を開きかける大翔の言葉を遮って、ひじりは続けて言葉を発する。


「どうして、私のためにそこまでしようとしてくれるんですか?」


 タイムリープを辞めさせたことで、やり直しはきかなくなった。


 そのせいで大翔達は、ひじりの願い事のために、向こう何年も時間を費やすことになるかもしれない。


 そんなひじりに、大翔は怪訝な顔をした。


「ひじり、お前……鏡見たことあるか?」

「いや、それは……」

「ひじりがどれだけ俺や陽菜先輩のために色々してくれたか。ひじりが一番よく分かってんだろ? それに何かを返したいって思うのは普通のことだろ」


 あくまで自分のために送り付けたもので、見返りを求めるために押し付けた善意ではなかった。


 だが、それでも善意であることには変わりはない。


 その結果、上手くいったかどうかは関係ない。


 彼女の行いに恩を感じるかどうかは、受け取る側が決めることだ。


「さて、そろそろ学校に向かうとするか」

「学校、ですか?」


 大きく伸びをしながら口にする大翔の発言に、めぐるが首を傾げる。


 涼とめぐるとは神社に集まるよう決めていたが、その後の事は何も話していなかった。


 大翔が高校に向かおうと提案することも、その理由も彼女達は知らないのだ。


「そう、俺達の通ってる伊怒姫高校。ひじりに会わなきゃいけない人はもう一人いるだろ? たぶん今は生徒会の仕事で残ってるだろうから、今から行きゃたぶん間に合う」


 自称神様となったひじりを知っている、ここにいない四人目に会いに行く。


 ひじりの問題を解決する。その前にやるべきことはもう一つだけあった。


「その必要はないよ」


 そう思って大翔が境内の外へと歩みを進めようとしたその時、聴きなじみのある女性の声が聞こえてきた。


 鳥居の影からひょっこりと顔を出したのは、先ほど話題にあげたばかりの四人目、林陽菜だった。


「陽菜先輩? なんでここに?」


 大翔自身も予期していなかった彼女の登場に面食らい、思わず足が止まる。


 今回大翔は、陽菜に対してはタイムリープ直後の行動を伝えていなかった。


「前回の佐藤君が自信たっぷりだったからね。きっとひじりと話をつけてくれると信じて、様子を見に来たのさ」


 ひじりのタイムリープは逆巻神社を起点に行われる。


 つまり、タイムリープのタイミングに逆巻神社に赴けば、そこには必ずひじりと大翔がいる。


 そんな説明を口にしながら、陽菜はずかずかとお構いなしに境内に入っていった。


「さて、ひじり」


 ひじりの正面で、陽菜が歩みを止める。


 声を掛けられ、ひじりの肩がぴくんと跳ねた。


「すまなかった」

「……え?」


 その言葉と共に、唐突に、陽菜はひじりに頭を下げた。


 突然の行動に困惑するひじりに、陽菜は理由を話す。


「ひじりと別れた時だよ。あれは私が言い過ぎだった。あの時もう少し話し合うべきだったんだけど、私も大概頭に血が昇っていた」

「いや、その……」


 彼女と対面することも、彼女から謝罪を受けることも想定外で、ひじりは何かを言い返すこともできないまま固まってしまう。


 そもそも彼女は、陽菜がひじりの何に怒っていたのかを、病室のひじりを認識できないこともあって理解しきれていない。


 陽菜もそれは承知の上で謝罪した。承知の上だったから、ひじりからの返答は求めていなかった。


 ただ自分が謝らなければいけなかったから、謝りたかったから、そうしただけだ。


 そうして謝罪が終わってから、頭を上げた陽菜は大翔の方を向く。


「ところで佐藤君、私に会った後はどうするつもりだったんだい?」

「この先何をすべきか、先輩に知恵を借りるつもりでした」

「え、そんな大事なところを人任せにしておいて、私に信じろって言っていたんですか」

「こいつ結構そういうことする奴やで」


 あんぐりと口を開けるひじりの横で、涼が笑いながら口を挟む。


「やけど、やからこそ、ここまでことを動かせたって思わへん?」


 そもそもの事の発端は、大翔がタイムリープによる体調不良を涼に相談したことだ。


 それからめぐる、陽菜といった具合に、大翔は次々と誰かを巻き込んでいった。


 そうやって彼は、おそらく一人ではたどり着けなかったであろう最良と最善に近づこうとしている。


「私としても、後輩から頼られるのは悪い気はしないしねえ」


 顎に手を当て、にやりと不敵な笑みを浮かべて陽菜も同意する。


 やがてその手を離し、人差し指を立てながら彼女は言った。


「一つ、思い当たることがないわけでもない。それを試しに行きたいんだけど、四人ともついて来てくれるかい?」

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