ひじりの独白

「ってことだよ」


 時間遡行直後の逆巻神社にて、大翔は自分達に施したタイムリープ対策、そのあらましをすべて包み隠さずひじりに語り尽くした。


 大翔に続き、涼とめぐるも同様に、記憶の引継ぎができるようメモ書きを千羽鶴に追加していた。その後、タイムリープが行われたらすぐに逆巻神社に集合するようあらかじめ示し合わせておけば、今の状況を作り出すことができる。


 お膳立ては完璧。あとは、今ここでの行動でひじりとの決着をつける。


「……すみません。自信満々に語っているところ申し訳ないのですが……」


 大翔の話を耳にして、ひじりは何を言うべきか迷っているらしい。言葉を探して視線を泳がせ、少しだけ悩んでから正直に白状した。


「大翔さん、一体何をおっしゃられているのですか? すみませんがよく聴き取れなくて……」


 そうなるのかと、大翔は内心納得した。


 自称神様の方の逆巻ひじりは、病院で今も眠る逆巻ひじりも、彼女のいる病室も認識できない。


 だから、彼女に病室での出来事を話した場合、彼女がそれをどう受け取るのかは分からなかった。最悪の場合、初めて病室の逆巻ひじりを認識することで、想定外の事態が起きる可能性もあった。


 もしかしたら、取り返しのつかない何かが起きていたのかもしれなかった。


 何が起こるか分からない、一種の賭けのような行為だったという自覚はある。


 だが、それでも、大翔はひじりが、彼女が知らない彼女のことを知るべきだと思った。


「ま、それはいいとして、だ」


 結果は振るわず。だが、大翔はそこまで気にする素振りを見せない。


 知ってほしいというのはあくまで大翔のエゴ、プラスアルファ以外の何ものでもない。


 ひじりとの決着をつけるのは、ここからだ。


「ひじり、結局お前は何がやりたかったんだよ」


 大翔の口から、最初にぶつけた問いがもう一度吐き出される。


 自分の声色に、ほんのりと苛立ちが混じっていることに気が付いた。


「今まで散々、陽菜先輩や俺の願いを聞こうと頑張ってきてたけどさ。結局お前自身はなにがしたかったんだよ」

「それは、私は役割と使命が……」

「もうその辺でやめとき。そんな顔で言われても痛々しいだけやわ」


 目線があちこちに泳いだまま、しどろもどろになって紡ごうとしたひじりの言葉を、涼が一蹴した。


 その言葉に本音はない。彼女と会うのはこれが二度目で、相手のことをよく知らない涼にですら看破されるほど、ひじりの焦りようは尋常ではない。


 やがて、しおれた花のようにひじりが下を向く。


「……ずっと、寂しかったんです」


 ついに観念したひじりの口から、ぽつりと一言、彼女の胸の内が言葉となって零れ落ちた。


「私は、こうして神様になる前の記憶がありません」


 それからひじりは、時に言葉に詰まりながら、時に言葉を探しながら、自分のことを語り始めた。


 気づいた時には、彼女はこの逆巻神社にいたらしい。その時の彼女の記憶にあったのは、自分の名前と、自身が使える力――タイムリープと霊夢のことだけだったという。


 彼女にはそれ以外何もない、空っぽだった。


 逆巻神社はあくまで地元の小さな神社でしかない。パワースポットでもなければ、特に宣伝となるような有名な逸話もない。今のように、参拝客がいないことも往々にしてある。


 たまに神社を訪れる人もいるにはいるが、その人達とどう関わればいいのか、ひじりには見当もつかなかった。


 その時、彼女はふと思いつく。


 今の自分には常識では計れない特殊な力がある。ならば、それを活用すればいい。


 幸いここは神社だ。神頼みもしたくなるような願い事を抱えた参拝客もいるだろう。


 その願いを叶えてやれば、少なくとも、願いを叶える過程の間だけは、自分は一人ではなくなるのではないか。


 そう思い立ったひじりが、手始めに接触した参拝客が、他ならぬ林陽菜だった。

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