タイムリープ対策のネタ晴らし

「……一か所だけやぞ」

「あるのかよ」


 三人がひじりの病室にお見舞いに行った日、大翔に尋ねられた涼は、病室のあるものに向かって指をさした。


 この部屋に入った時から不審に思い、また陽菜も同様に違和感を覚えていた、あるもの――


「千羽鶴、ですか?」

「せやね」


 めぐるの一声に、涼は短く返した。


 彼の仕草に、窓辺に吊るされた三つの立派な千羽鶴に三人の視線が集まる。


 しばらく、誰も何も言わなかった。一見すれば、なんてことのない、いたって普通の千羽鶴だ。


 やがて、その沈黙を大翔が破った。


「といっても、ここ病院だぞ? 千羽鶴くらいあってもおかしくはないだろ?」

「まあ、普通はな」


 彼の一言に、涼があっさりと首肯する。


 その直後に、涼は千羽鶴が存在してはいけない理由を口にした。


「けど、たった一週間そこいらで、こんな立派な千羽鶴ができるかいな」


 それから涼は、陽菜が語ってみせた、彼女の時のタイムリープについて振り返り始めた。


 彼女の話では、新学期が始まってすぐにひじりの事故について聞かされ、陽菜が彼女のお見舞いに病院を窺ったのはその一週間ほど後のことだ。


 その時点ですでに、立派な千羽鶴が一つぶら下がっていたという。


 そんな短期間で、一体どこの誰がそんなものを作れるというのか。


 ある程度人手を集めれば可能ではあるのだろう。親切心が服を着て歩いていると称されるほどのお節介焼きで有名だった彼女であれば、それすら可能にさせるほどの人望もあったかもしれない。


 だが、そんな大規模な集まりがあったのならば、同じ学年である陽菜が気付かないはずがない。


 それを確認し、改めて三人の視線は三つの千羽鶴に集められた。


 何の変哲もないただの千羽鶴が、何か別の異質なもののように見えた。


 だが、あくまで見た目にはただの千羽鶴だ。涼が首をすくめてみせる。


「ま、やからというて、この千羽鶴が一体何なんやって言われても分からへんねんけどな」

「……開けてみるか」

「マジで言うてんのか」

「だって仕方ないだろ? 調べるっていうんなら、それくらいしかできそうなことなんてないし」


 そう言って大翔は千羽鶴の一つに手を伸ばすと、中に通した糸を切らないよう気を付けながら先端の折り鶴を一つ解いた。


 小学生の頃、広島の修学旅行で折ったきりの折り紙だったが、案外手順は体で覚えているらしく、殊の外あっさりと鶴は一枚の正方形の紙に戻された。


 そして、開かれたその一枚の紙を三人が覗き込む。真っ白な紙には、黒のペンのようなもので何かが走り書きされていた。


 ――二〇二二年四月二十一日。大翔さん。陽菜さんを名前呼びする。


「……なんやこれ」

「メモ書き、でしょうか? それにしてもこれは……」

「ひじりのメモだ」


 突如ぽつりと呟いた大翔に反応して、涼とめぐるが彼の顔を見る。


 二人の視線を感じながら、大翔はこれまでの記憶を掘り起こしながら話を続けた。


「自称神様の方のひじりなんだけどさ。ことあるごとになんかメモしていく癖があったんだよ。これ、たぶんそのメモのページだ」

「ってことはあれか? この鶴全部――」


 涼が言いかけるが、背筋が凍るような寒気がして途中で言葉を途切れさせた。


 隣にいためぐるも、二人と同じことに気が付いて絶句する。


 一体どれだけ、ひじりは二〇二二年を繰り返したのだろう。


 そして、一体どれだけ、ひじりはその記録を取り続けたのだろう。


 目の前にある三つの立派な千羽鶴が、なんだかとてもおぞましいもののように見えた。


「ま、とはいえそういうことなら、できることは一つだな」


 自称神様と絡み続け、不可思議な事象に関わり続けて慣れてしまったのだろうか。最初に我に返ったのは大翔だった。


 自らの過去を語る時、陽菜はひじりのタイムリープを恋愛もののギャルゲーに例えていた。


 その例えを使うのであれば、さしずめ千羽鶴はゲームのセーブデータで、今もなお眠り続けているひじりはゲームのプレイヤーといったところだろうか。


 それならば、ゲーム内のキャラクターであるひじりが、その両方を認識できないのもうなずける。


「ご丁寧にセーブデータが目の前に置かれてるっていうんなら、バグらせてしまえばいい」


 そう言って、大翔は近くにあったメモパッドにボールペンを走らせる。


 手元を覗き込む涼とめぐるの前で、メモを書き終えた大翔はそのページを破り、手早く折り鶴にしてしまうと、すでに出来上がっていた千羽鶴の末端に紛れ込ませた。


 書かれた内容は、至極シンプル。


 ――佐藤大翔は、タイムリープの記憶を持ち越すことができるようになる。

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