二人目、三人目

 それまで大翔の話に気を取られ過ぎて、周りの様子に全く意識を向けられていなかったらしい。大翔のその一言を耳にしたのとほぼ同時に、ひじりは背後から人の気配を感じた。


 ひじりが振り返った先にいたのは、地元の学校の制服に身を包んだ一人の女子中学生だった。ここまで息せき切って駆け付けたのだろう。神社入り口の鳥居の下で、彼女は滴り落ちる汗の玉と同じ方を向き、伸ばした右手で触れた鳥居を支えになんとか立っていた。


 呼吸を整えるのにたっぷり時間を使い、ようやく彼女が顔を上げる。


 ぽつりと、彼女の口から言葉が零れ落ちた。


「お姉、ちゃん……?」


 髪を真っ白にしていても、見慣れぬ巫女装束に身を包んでも、そこにいるのが誰かはすぐに分かった。


 なにせ、姿を現した少女――逆巻めぐるは、ひじりの実の妹なのだから。


「お姉ちゃん!」


 めぐるから突然出てきた大きな声に驚き固まるひじりに、めぐるは肩から掛けたカバンを放り投げ、先ほどまでの疲れなどなかったかのように、一目散にひじりの胸元へと飛び込んだ。


 勢い任せの頭突きをモロに食らうひじりが思わずえずくが、そんなこともお構いなしにめぐるは彼女の胸元に頭をうずめ、もう離すまいとしがみつく。


「ほんとに、心配したんだからね……?」


 押し付けた顔面から、泣き声が聞こえてきた。


 しがみつく力はますます強くなる。いよいよひじりがめぐるを引き剥がそうと力を込めようとした瞬間、神社の外から、こちらに近づいてくる足音がもう一つ耳に届いてきた。


 大翔と同じ制服を着た男子生徒が、鳥居からのぞき込むように顔を出す。額に多少汗を浮かべてはいるが、息が乱れている様子は一切ない。


 平静を失いながら突っ込んできためぐるとは正反対、まるで友達に挨拶でも交わしながら教室に入るように、彼は堂々と神社に入ってきた。


「いやー、気ぃついたんが電車乗る直前で助かったわ。とはいえ、さすがに俺が最後やったか」

「いや、大丈夫。めぐるちゃんも今さっき来たとこだし」

「あ、そうなん? そらよかった」


 逆巻神社に顔を出した男子高校生――逸見涼がこちらに向かって歩み寄ってくる。


 めぐるの反応も、涼の言動も、前回のタイムリープの記憶を持ち込んだ人間のそれだ。


 大翔が話した通り、ひじりのタイムリープを看破し、記憶の引継ぎに成功したのは、大翔だけではない。


 三人とも、全員揃って記憶を持ち込んできたのだ。


「……どうして」


 信じられないといった様子で、ひじりがぽつりと呟いた。


 いくらタイムリープそのものを対策されたわけではないとはいえ、記憶を持ち越す方法がいきなり三人に知れ渡ったのは想定外だ。


「教えてやろうか?」


 そんな彼女の呟きに、大翔が反応した。


「ええんか? そんな簡単にばらしてもうて」

「今日でこれまでの全部に片を付けるんなら、もうひじりにばらそうが何しようが関係ないだろ?」


 時間遡行ができないこの日のうちに、ひじりを止める。そうすれば、タイムリープ対策の対策を施される心配などする必要もない。


 だが、彼らはあくまで記憶の引継ぎができるようになっただけで、タイムリープそのものを止められるようになったわけではない。ひじりを止めることに失敗する危険性を考えるならば、切り札足り得るその情報は教えるべきではない。


「ま、大翔がそう言うんなら任せるわ。めぐるちゃんもそれでええか?」


 それでも、涼は大翔に全てを任せることにした。


 涼に声をかけられためぐるも、ひじりの胸に埋めていた、涙でぐしゃぐしゃになった顔で頷いた。


 一切のためらいがない。二人とも、大翔が失敗するなどとつゆにも思っていない。


 そんな二人に後押しされ、大翔は頷いて口を開く。


「前回のループでひじりと別れた後でなんだけどさ――」


 そうして話は前回の二〇二二年、大翔達がひじりと決別した直後に巻き戻る。

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