なんのために
本来巻き戻す前の時間軸の記憶を持ち越せるのは、タイムリープの実行者である逆巻ひじりだけのはずだった。
それがどういった手法を使ったのか、林陽菜がループ前の記憶を保持し続けられるようになり、結果として彼女と決別することとなった。
そして今、目の前の少年――佐藤大翔も彼女達と同じように、これまでの記憶を引き継いでいる。
「……そう、ですか」
笑みをなくしたひじりが、ため息とともにぽつりと一言呟く。
だが、受け入れてしまえばなんてことはない。前回のループでの彼らの口ぶりから、時間遡行に対して何かしらの対策を施していたことは明らかだ。
だから、彼が前回の記憶を持っていることは、予想の範疇を超えるようなものではない。
「まあいいです。多少驚きはしましたが、別に大した問題はありませんからね」
「本当にそう思ってんのか?」
「確かに、これまでのことを覚えられているのは厄介ではありますが、それで何かできるようになるわけではないですからね」
記憶を保持されているからといえど、大翔は決して、ひじりの時間遡行を止められるようになったわけではない。
タイムリープの起点となる四月八日は時間を巻き戻すことができないが、それも明日を向かえてしまえば関係ない。
確かに大翔はひじりの対策となる一手を打った。だが、攻略したというには不十分だ。
何やら自身ありげに目の前に立つ大翔に、ひじりはやれやれといった様子で首を振った。
「嘘つけ。強がって気にしてない感じ出してるけどさ。内心すげえ焦ってるのバレバレなんだよ」
そのひじりの返答を、大翔は鼻で笑った。
「焦ってる? 私がですか?」
「ああ、なんで今まで気づかなかったのか不思議なくらい、声色にめちゃくちゃ出てる」
「声色、ですか」
大翔の言葉に引っかかり、思わずひじりは彼の言葉を反芻した。
彼の声色という単語の使い方に妙な違和感を覚え、眉根を寄せる。
「まあそれはいいや。俺は今、ひじりと話をしに来ただけだし」
「話、ですか?」
「そもそもさ、ひじりは何のために人助けをしようとしてんだよ」
疑問に思うひじりをよそに、大翔は話題を次のものへと移す。
「前の一年の間ずっと考えてたんだよ。なんでひじりは俺のために色々とアドバイスしてくれたり、無理やり時間巻き戻したりしてくれていたんだろうって」
「……それが、私と話したかったこと、ですか?」
「ああ、よければ話してくれないか?」
大翔の言動に警戒の色を浮かべながら言葉を返すひじりに、大翔は素直に頷いた。
その言葉の裏にどんな思いを隠しているのか、真意はなにか、図りながらひじりは大翔の質問に答えを返す。
「……誰かを助けて、誰かのためになること。それが神様たる私の役割だからです」
「嘘だな」
「嘘じゃありません。私は――」
「いや嘘だろ。人のためになりたいっていう理由の他に、欲しいものがあるからなんだろ?」
大翔の言葉に、ひじりの顔がこわばった。
いくら前回までの記憶を保持できるようになったからとはいえ、今まで一度も知ることのなかった情報まで手に入れられるわけではない。
陽菜の時だってそうだ。彼女にタイムリープを看破され、対策された時ですら、結局彼女はひじりと決別することでタイムリープを対処した。
そして、それ以上のことをすることはなかった。できなかった。
だが、大翔は違う。
陽菜のような優秀さも、涼のような勘の良さも、めぐるのようなひじりとの繋がりもない。
そんな、端的に表せば平凡な彼は、明らかにタイムリープ対策以上のことを成そうとしている。
「ああ、それともう一つ。そろそろいい頃合いだろうから先に言っとくけどさ」
大翔の狙いが全く読めず固まったままのひじりに、彼は畳み掛けるように言葉を重ねる。
「これまでのことを覚えてるのは、俺だけじゃないぞ」
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