第十一章 二〇二二年四月八日(七)

初対面のかみさま

 境内をぐるりと囲うようにして植えられた木々は、閑静な住宅街から逆巻神社を切り離していた。入り口の鳥居のすぐ脇に二体の狛犬の石像が置かれ、右手側に手水所、左手側には物置や寄合所が建てられている。


 そして、入り口からまっすぐに伸びた、境内の中央を走る参道の石畳。


 その先に佇む本堂の前で、今しがた参拝を終えた少年が、足元に置いたエナメルバッグを肩にかけ、振り返る。


「こんにちは! いいお天気ですね!」

「……そうですね」


 少年が振り返るのを待っていましたと言わんばかりに、目の前の少女は満面の笑みで元気な声を上げる。


 そんな彼女に何を思ったのか、ほんの少しの間が空いてから、少年が挨拶を返す。


 逆巻神社の入り口からまっすぐに伸びた、境内の中央を走る参道の石畳。


 そこに、少女はいた。


 逆巻神社の巫女さんが着ているものと全く同じの、紅と白の巫女装束。そこから伸びる陶磁器のような白く細い手足は、漆塗りの下駄の艶やかな黒と対照的で、お互いをより強調させている。


 少年とはそう歳は変わらないであろう、まだ幼げな顔立ちに似合わない胸まで伸びた彼女の髪は、明らかに染めたものではない、透明感のある白だった。


 その時、ふと、風が神社を吹き抜けていった。


 風は少女の髪をかき上げながら、木々を揺らす。その隙間から陽光が差し込まれる。


 風に撫でられ舞い上がる彼女の白い髪が、淡い陽光に照らされて透き通り、新緑の中に溶け込んでいく。


 これでもかというほど現実離れした、夢のような光景だった。


 そんな夢のような現実に、少年は眩しそうに目を細めた。


「あのー、どうかなさいましたか?」


 ぼんやりとこちらを見ているばかりの少年に、少女は首を傾げた。


 その仕草を目にして、ようやく金縛りから解けたように少年が口を開く。


「いえ、なんでもありません。ただ、綺麗だなと思っただけです」


 はっきりと、少年はそう口にした。


 年始くらいでしか見ないような時期外れの巫女装束に、年齢に見合わない白く長い髪。


 先ほどまで少年しかいなかったはずの神社に、突然現れた少女。


 そんな不自然さを意に介さず、少年は彼女に微笑みかけた。


 一方少女はというと、思わぬ賞賛の言葉に照れているのか、ほんのりと頬を赤らめている。


「そうでしょう? そうでしょう! 最初はやっぱり神様っぽく神々しい感じで登場したかったんですよ。いやー、大翔さんも褒めるのがお上手ですね」

「神様っぽく、ですか」

「ええ。なにせ私は、この逆巻神社に祀られているえらーい神様なんですから!」


 冗談を言っていると思われているのか、それとも、彼女の言動があまり神様らしいものでなかったからか。


 見知らぬ少女から発せられた突拍子もない告白に、少年は笑って返した。


 初対面であるはずの少女が、少年の名前を知っていることを、彼は指摘しなかった。


 それに気付かないまま、少女は胸に手を置いた。これから口にするのは神様である証拠。少年しか知り得ない、少年の個人情報をつらつらと公開していく。


「申し遅れました。私の名前は――」

「逆巻ひじり」


 それを、少年は阻止した。


 神様を自称する少女――逆巻ひじりの自己紹介を遮り、少年は食い気味に彼女の名前を口にする。知り得ないはずの少女の名前を知っている事実に、ひじりの体はぴたりと硬直する


 初めて、彼女の自信たっぷりな表情が崩れた。


「信じられないのも無理はないでしょう。ですがご安心ください。今からその証拠を見せちゃいますから」


 いつかひじりが少年に言った言葉が、今度は少年の口から発せられた。


 まるで意趣返しだといわんばかりに、少年は掲げた手を広げ、大きく息を吸う。


「逆巻ひじり。年齢十七歳。誕生日は八月二十四日で、地元の伊怒姫高校に通う高校――」

「ま、待ってください」


 広げた指を折りながら、一息につらつらと出てくる誰かの個人情報に困惑し、慌ててひじりが止めに入る。


「もしかして、大翔さん。今までのこと……」

「ああ、全部覚えてる」

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