幾度目かの卒業式

 大翔達がひじりの病院へお見舞いに行った日から、時間は何事もなかったかのように過ぎていった。


 大翔は生徒会、涼は部活動、めぐるは高校受験の勉強と、それぞれの日常へと戻っていった。お見舞いの日に連絡先を交換し合った三人はそれ以降も連絡を取り合っていたが、その内容はなんてことのない雑談か、めぐるの受験の相談が大半だった。


 大翔と陽菜も、あれから変わらず生徒会の先輩と後輩として接し続けている。その間お互い避けるかのように、ひじりのことを話題に出すことはなかった。


 そんな日々も穏やかに過ぎ去っていき、いつしか季節は冬を越えていた。


 徐々に温かくなりつつある初春の日、卒業式の日の夕暮れ時、生徒会のお別れ会の後で、陽菜は大翔を校舎の屋上に呼び出した。


 この日は大翔の方から声をかけられ、二人きりになれる場所として校舎の屋上へ足を運ぶのがいつもの流れだったはずだ。自分から声を掛け、屋上へ連れ出すのは新鮮だなと、陽菜は内心ほくそ笑む。


 オレンジ色に染まる屋上にやってきて、落下防止のフェンスにもたれかかった陽菜は、おとなしく自分に着いて来た大翔に話しかける。


「さて、佐藤君。やるべきことはもう済ませてきたのかい?」

「やれるだけのことはやってきたつもりです」


 陽菜の問いに、大翔はこくりと頷いた。お互い言葉にせずとも、陽菜が何に対しての準備を言っているのか、大翔がすべきことがなんだったのかは理解している。


 その上で、大翔は肯定の意を返しながら口を開いた。


「でも、問題なのはそこじゃない。ですよね。陽菜先輩」


 大翔の言葉に、陽菜はにっと笑みを浮かべる。


 ひじりの行動を警戒して、陽菜はこれまで彼と何かを示し合わせるようなことはしなかった。それにも関わらず、彼の口からは欲していた言葉がそのままの形で飛び出してきた。


 彼に託してよかったと、陽菜は心からそう思った。


「お話はまとまりましたか?」


 陽菜の言葉とほぼ同時に、その場にいないはずの人物の声がする。


 それに反応した大翔が振り返る。視線の先にいたのは、一年ほど前から彼に接触し、そして半年ほど前からぱったりと交流を途絶えさせた自称神様、逆巻ひじりが、当たり前みたいな顔をして立っていた。


「お二人とも、お久しぶりですね」

「ああ、久しぶりだな。ひじり」

「そっちこそ、相変わらずみたいだね」


 牽制と威嚇のような挨拶もそこそこに、三人はお互いの顔を見る。


 突然やってきたひじりに驚く様子を見せない大翔。あくまで余裕の表情を崩さない陽菜。


 そして、そんな二人を睨みつけて警戒するひじり。


 やがてため息交じりに口を開き、静寂を打ち破ったのはひじりだった。


「……まあ、いいでしょう」


 二人の表情から、彼らが何かを行ったことは明白だ。だが、具体的にどんな準備をしてきたかまでは分からない。


 大翔の予想通り、ひじりは逆巻ひじりの病室の様子を知ることも、逆巻ひじりという人物を認識することもできなかった。


 だが、それ以外の場面で、彼らがこれまでのループと違う行動を取っていないことを知っていた。


「結局、お二人の距離を縮めることはできませんでしたからね。ループは予定通り始めさせてもらいます。もうこの手段が効果的でないことも分かりましたし、次回からはもう陽菜さんの案を採用しません」

「それは残念」


 淡々と今回の時間遡行の結果を告げるひじりに、やれやれといった様子で陽菜が首を振る。


 そんな彼女に構うこともなく、ひじりは話を続ける。


「それでは、また後程お会いしましょう」


 ひじりのその言葉と同時に、彼女の背後の背景が歪み始める。


 突然現れた小さなブラックホールのような、不可思議な真っ黒の渦のようなものが周囲の風景を飲み込んでいく。


 陽菜にとってはもう見慣れてしまった、大翔にとっては記憶に残る限り初めての、時間の巻き戻りという神業を前にして、二人はふとお互いの顔を見合った。


「それじゃあ、後のことは頼んだよ。佐藤君」


 陽菜が大翔に向けて呟くように口にする。


「ええ。任せてください。陽菜先輩」


 大翔がそれに頷き返す。


 お互いがお互いの顔を見て、それから目の前のゆがみに目を向けた。


 ひじりが生み出したブラックホールは、あっという間に何もかもをその内に吸い込んだ。


 ぐにゃりと世界が歪んで消える感覚。世界が真っ暗闇に包まれて何も分からなくなる感覚。


 何度も体験してきた初めての感覚に、大翔は思わず怯んで瞳を閉じようとした。


 だが、これから為すべきことを思い出し、彼はきっと目を見開いた。


 これから起こることから目を背けているようでは、彼の、彼らの目的を遂げることなどできるはずもない。


 そんな思いを胸にして、大翔はひじりのタイムリープを受け入れた。

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