唯一のセーフエリア

 めぐるの案内の元、大翔達は彼女の姉、逆巻ひじりが入院している病院に到着した。


 当人の妹がやってきたこともあって、お見舞いという名目を話しただけで三人はあっさりとひじりのいる病室に通された。


 病室の様子は陽菜から聴いた話のままだ。未だに目を覚まさないひじりは呼吸器に繋がれ、胸を規則的に上下させるばかり。周りに置かれた小型のテレビや、衣類やタオル類がしまっているのであろう棚も、話に聞いた通りの場所に置かれている。


 変わったところがあるとすれば、寝たきりのひじりの髪が少し伸びていることと、窓辺に吊るされた立派な千羽鶴が三つに増えていたことくらいだろうか。


 病室の様子を一通り確認してから、大翔が涼とめぐるの方を振り返る。


「さて、ずっと黙ってて悪かった。そろそろ俺が、ひじりさんの病室に行こうって言った理由を話そうか」

「待て、俺らのことを監視してるって話なんやから、今まで黙りっぱなしやったんは別にええ。むしろ、そういうのを喋ってまう方がまずいんちゃうんか?」


 フードコートを出てからここまで、三人に会話はほとんどなかった。大翔の提案するまま、涼とめぐるはここまで理由も意図も聞かされないまま彼に着いて来ただけだ。


 会話はひじりに聞かれている可能性がある。だからこそ、下手なことは口にできない。二人ともそれを分かっていたから、今まで会話をしようとしなかった大翔の行動も理解していた。


 だが、今ここで不用意に口を開いても大丈夫なのか、心配する涼に大翔は首を振ってみせる。


「いや、ここだけは大丈夫なはずなんだ」


 ある程度、俺がそうであってほしいって思ってるだけなんだけどなと、大翔は小さく付け足してから説明を加えた。


「陽菜先輩がひじりのタイムリープを破ったカギは、たぶんこの病室のどこかにある。でも、それを分かっていて、ひじりがなんの対策もしないはずがないだろ?」


 陽菜が話した中で、タイムリープに対抗するために起こした行動にあてがあるとすれば、おそらくひじりの病室に赴くことだ。そして、彼女の様子をずっと観察し続けていたひじりが、それに気付いていないはずがない。


 だが、陽菜はタイムリープの対策手段をひじりに封じられることを警戒していた。裏を返せば、まだ対抗策はひじりに封じられていないということになる。


 危険を感じ取れば、その場でタイムリープを強行することも厭わない彼女にしてはあまりに不自然だ。


 ならば、なぜひじりは何もしないのか。


 そこで大翔は逆に考えた。


 やらないのではなく、できないのではないか?


「たぶんひじりは、この病室にだけは手を出せないんだと思う」


 あるいは、この病室に関することを認識できないか。どちらにせよ、この病室は現状、ひじりの干渉を避けられる唯一のセーフエリアとなる。


「たぶん、陽菜先輩もそれを分かっていたから、お見舞いの話を俺達にしてくれたんだろうし、その中にヒントもくれたんだと思う」

「ヒント、なあ……」


 大翔の話を聞いて、涼が病室を軽く見まわした。


 大翔達にお見舞いの話をすることで、彼女は三人に同じようにひじりの病室に向かうように仕向けた。


 そして陽菜は同時に、この部屋に隠された何かを探せと、暗に示しているのだと予想した。


 その話が原因で、タイムリープへの対抗策が何か、ひじりに勘づかれるリスクがあったにも関わらず、だ。


 だが、ひじりがこの病院に手出しができないのであれば、話は別だ。


「とはいえ、どこを調べればいいんでしょうか……?」

「それは俺も分からないんだよな……」


 めぐると大翔が同じように唸る。


 この病室に何かがある。だがその何かまでは分からない。


 手あたり次第に探そうにも、一年以上意識が戻らない病人のいる部屋を荒らし回れば、医師やナースが黙っていないだろう。出禁にでもなってしまえば、それこそ詰みだ。


 だからこそ、取れるアクションには限りがある。その中で何をすべきかを三人で考え始める。


 ふと、大翔がぽんと涼の肩に手を置いた。


「ってことで涼、なんかこの病室で気になるとことかないか?」

「そこで俺に振るんかい」

「だって涼、時々すげえ鋭いことあるじゃねえか。だから今回もなんか気付かねーかなと思ってさ」

「お前は俺をなんやと思っとんねん」


 頭を掻きながら笑う大翔に、涼がため息を吐く。


「……一か所だけやぞ」

「あるのかよ」


 大翔のツッコミをなんとなしにやり過ごし、涼がすっととあるものを指さした。


 その先には彼が病室に入ってから、いや、陽菜の話を聞いていた時から、ずっと違和感を抱き続けていたものがある。


 それは奇しくも、陽菜が違和感を持って手を伸ばしたものと同じものだった。

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