第十章 攻略開始

攻略開始

『……というわけさ』


 その言葉を最後に、画面の向こうの陽菜は話を締めくくった。


『あとはそれまでのループと同じように、生徒会長に立候補して、適当に見繕ったゲームに手を出して、一年経って君達に出会って、今に至るよ』


 ひじりの容態についてだけは、佐藤君のループ中に気付いたんだけどねと、補足しながら陽菜は首を振った。


 おそらく彼女は二〇二二年の間も、ひじりのお見舞いのために病院に足を運んでいたのだろう。


 そして、以前までのループの記憶と、今回のループで、ひじりの容態に差があることに気が付いた。


『……ひじりのおかげで、私も少しは充実した生活を送っていたつもりだったんだけれどねえ』


 陽菜が残念そうにため息を吐く。


 ひじりと別れてからも、彼女に教わったような生活を送っていたのは、それだけ彼女との時間を特別に思っていたから。


 彼女との日々をなぞる日々は、彼女がいないことを余計に感じさせた。


 騒がしいフードコートの真ん中で、大翔達の席だけがしんみりとした空気に包まれ始める。


「事情はおおよそ分かりました。それで、ひじりさんはどう対策すればいいんですか?」


 それをさせまいと口を開いて静寂を打ち破ったのは、またしても涼だった。


 あくまで事態の収束を第一に考え、次の行動を取るために、あえて空気を読まない。


 それがひじりとの接点がなく、必要以上に感情的にならずに済む自分の役割だと、涼は同じテーブルに座る二人の顔色を窺って、察した。


 だが、涼の質問に対し、返ってきたのは意外な言葉だった。


『悪いけど、それは私の口から言わない方がいい』

「どうして?」


 陽菜の返答に、涼が怪訝な顔をする。


『私は一度ひじりのタイムリープを看破して、今回もタイムリープに気付いている。ひじりからすれば、私は大翔君とくっつけたい対象であり、最も警戒すべき対象でもあるんだ。私がうかつに手の内を晒し、ひじりに対策の対策を施されてしまえば、今度こそ手詰まりになってしまう恐れがある』


 特に今みたいな、私と大翔君が直接会話しているような場面を、ひじりが警戒していないはずがないだろうねと、陽菜は軽く付け足した。


 陽菜が直接大翔達に対策を話してしまえば、ひじりはその時点でループを開始してしまう。それは陽菜との通話が始まった時、ひじりとの会話の中でも話されていたことだ。


『だから、私からできることはもうないんだ』


 過去の自分の体験談を語ること、ひじりが二〇二二年を繰り返している事実を伝えること。それが、陽菜にできる精一杯だとした。


 だが、それを聴かされて、それだけで一体何ができるというのか。


 具体的なループへの対策も分からなければ、この次に取るべき行動も分からない。


 そんな状態で、まさしく神業と呼ぶしかない事象を引き起こす自称神様に挑むことになった。そのあまりに無謀といえる挑戦に、涼とめぐるは視線を落とす。


 だが、大翔だけが全く違う考えを胸に抱えていた。


「分かりました。陽菜先輩、ありがとうございます」

『うん、君達の活躍を期待しているよ』


 そんなやり取りをして、大翔は通話を躊躇いなく切った。


 それに驚き、対面に座っていた涼が口を開く。


「よかったんか? そんなあっさり切ってもうて」


 彼の質問に、大翔はやけに自信たっぷりといった様子で頷き返した。


「じゃあ、そろそろ場所変えよっか」

「変えるって、どこ行くつもりやねん」


 おもむろに席を立ち、てきぱきと荷物をまとめ始めた大翔に、再度涼が質問をぶつける。


 自分と同じように荷物を片づけ始めた涼とめぐるに、大翔は手を動かしながら、ぽつりと呟くように質問に答えた。


「ひじりの入院してる病院だよ」

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