どうしてくれるのさ

「もうお帰りですか?」


 逆巻神社の本殿でお参りを済ませ、さて帰ろうかと振り返ったところで不意に声をかけられた。先ほどまで確かに誰もいなかったはずの境内に、振り返った彼女の正面に、誰かがいる。


 透き通るような白い髪に、紅白の巫女装束。自分と同じくらいの年齢の少女が、あどけない笑みを浮かべて口を開いた。


「先ほど神社でお参りしていましたよね? あなたのお願い事、ちゃんと届いていましたよ」

「そうかい。それじゃあ、そのお願い事はなかったことにしてもらおうか」

「……え?」


 これまでのループでは、不意に声をかけられ驚きを見せたのは陽菜の方だった。


 それが今回初めて、驚かされる立場がひじりに入れ替わった。


 目を見開くひじりを意に介することなく、陽菜はきょろきょろと周囲の様子を見た。


 そしてスマホのロック画面を表示させ、想定通り二〇二一年が繰り返されたことを確認する。


「ループの起点が逆巻神社なのは運がよかった。いや、ここを起点にしないとループができないと考えるべきなのかな」

「陽菜さん、もしかして、ループのこと……」

「ああ、もちろん知ってるし覚えてる」

「ど、どうして……」


「ところで、私にループの存在がバレ、かつ記憶を保持していることが分かったわけだけど、今回はループさせなくてもいいのかい?」

「……」

「それとも、ループの起点となる今日だけは、ループを開始できないのかい?」

「……」

「沈黙は肯定とみなすが、いいね?」


 この場の空気が、完全に陽菜に掌握された。


 それから陽菜はループに関すること、条件や仕組みをただひたすらに問いただし続けた。いや、問いただしたというような生易しいものではない。もはや尋問とそう変わらない、有無を言わせぬ質問攻めを繰り返し、ひじりの心を折った。


 涙ながらにループの詳細を話すひじりに、酷いことをしたという罪悪感はそこまでなかった。


 そもそも、ここまで強引な方法をとることも、感情のままに振舞うのも初めてだ。


 それだけの怒りを、今まで抱えたことのないような怒りを、陽菜は思うがままに爆発させた。


 そうして陽菜が時間のループについてあらかた聞き終えたころには、お互いしばらく何も言えなくなるほどに消耗してしまっていた。


「……どうして」


 肩で息をし、枯れ切った喉からひじりがようやっとの思いで言葉を押し出す。


「そもそもどうして、私のやり方に反対するんですか?」


 心底分からないという表情で、ひじりは陽菜を見た。


 今回の陽菜が例外なだけで、やり直した時間軸の記憶をひじり以外は持ち越せない。


 願いを叶えらえる側からすれば、ひじりの助力の元、すべてが上手くいく一年だけが与えられることになる。


 そんな素晴らしい事象を彼女は放棄するばかりか、怒りをもって拒絶した。


「……感謝はしてるよ。今までずっと私のために色々と考えてくれたんだろうし、たぶん、終業式のたびに私はひじりに感謝してきたと思う。欲張ってもっとより良いものを目指すことも、まあ悪いわけじゃない」


 記憶にないこれまでのループを憶測で埋めながら、陽菜がひじりに答える。


「でも」


 自分の顔色を窺うひじりに、陽菜が視線を返す。


 きっと、今までにないくらい冷たい視線だろうなと、頭の片隅で思いながら。


「君が物足りなく感じるくらいささやかな、私の幸福を否定するな」


 はっきりと最後まで言い切って、陽菜は歩きだした。本殿前の数段しかない石段を下り、その先にいるひじりの方へと歩み寄る。


 そのままひじりの横を通り抜けて、神社の入り口へと向かって行く。


「ま、待って……」


 真横を素通りしていった陽菜の方を振り返り、ひじりが声を上げる。


「やだよ。私の言うことを全く聞いてくれなかったのは君も一緒だろう? それから、次もし同じようなことをやり始めたら、その時は私が止めに入るからそのつもりで。君は自分がやろうとしていることがどういうことか、よく考え直してくれ」


 陽菜は振り返らなかった。ひじりに背中を向けたまま、彼女に拒絶の意を示す。


 逆巻神社の鳥居を抜け、最寄り駅までぶらぶら歩き、電車に乗って自宅に向かう。


 家に着いたら適度に休憩を挟みつつ、夕食と風呂以外の時間はだいたい勉強に当てる。


 電車に揺られながら、ひじりと出会う前のいつものルーティンを思い浮かべる陽菜の脳内に、ふと、今までにない動きをする自分の姿が浮かんできた。


 イメージの中の彼女は、部屋のどこにもありもしない何かを探していた。きっと、デジャヴとして残っていた以前までのループの記憶が影響しているのだろう。


「どうしてくれるのさ。本当に……」


 初めてできた、そして今さっき失くしてきた友人に、自分はすっかり変えられてしまったようだ。


 窓を流れる風景を眺めながら、陽菜は愚痴交じりにため息を吐いた。



     ○   ○   ○



 下校を知らせるチャイムが鳴る。


 特に学校にやることを残していない陽菜は、そっと自分の席から立ち上がり、さっさと帰路につこうと廊下に出た。


 あれから数日経ったが、ひじりが陽菜に接触してくることはなくなった。


 また一人きりに戻った陽菜が最初に感じたのは、少しばかりの寂しさだった。結末はどうあれ、彼女は陽菜のためを思ってずっと行動し、ずっと陽菜の側に居続けてくれていた。


 今更になって罪悪感が湧いてきたが、もう今更遅い。


 思えば、誰かと喧嘩したのはこれが初めてだ。


 だから、仲直りなどやったことがない。


 ましてや相手は自称神様の不思議な存在だ。そもそも、再び会うことすらできるかどうかすら怪しい。


 廊下の窓から見える教室の風景を覗き見ながら、陽菜はそんなことをぼんやりと考えながら玄関に向けて歩みを進めていく。


 その時、ふと、教室の隅で女子達が集まっているのが見えた。


 どうやら彼女達は近くの机をくっつけてスペースを確保し、それを椅子で囲って何かをせっせと作っているらしい。


 背中に隠れて手元は見えなかったが、彼女達が何をしているか、誰に向けてやっていることかはすぐに見当がついた。


 外に向かっていた足を教室の中に向かわせ、女子生徒の一団に歩み寄る。


 それに気が付いた生徒達が一斉に陽菜の顔を見た。普段全く関わることのない彼女が、一体自分達に何の用だと、訝しむ視線を寄こしてくる。


 それを気にすることもなく、陽菜は机の上に視線を向けた。予想通り、そこにあったのは折り紙の山と、そこから作られた紙の鶴だ。


 机の上に山積みにされた折り鶴を指さし、陽菜が口を開いた。


「それ、私にも手伝わせてくれないかい?」

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