すれ違う、二人の拒絶の意思表示

 それからしばらくの時間が過ぎた。


 ひじりが陽菜によりよい高校生活を送るために、様々な提案やアドバイスを送り、それを陽菜が聴き入れる。


 何度も行われ、繰り返されてきた同じ日々は、夏を迎え、秋を過ごし、冬を越えた。


 そうして迎えた幾度目かの終業式の日。一人学校を後にした陽菜の前に現れたひじりが、今にも泣きそうな声で訴えている。


「私は陽菜さんに、もっと笑っていてほしいんです。もっとたくさんのことに触れて、もっとたくさんの思い出になるようなことをして……。そして、最後は名残惜しいくらいに、心の底から楽しかったと振り返れるような思い出を作ってほしいんです」

「……そうかい」


 どうやら彼女はまた失敗したと思っているのだろう。暗く沈んだひじりの表情を見て、陽菜が呟く。


 ひじりと関わりながら、陽菜はずっと彼女がどういう人柄かをずっと見極めようとしていた。


 結論からいってしまえば、彼女は超がつくほどのお人好し。まるで他人の幸せが自分の幸せですとでも言わんばかりに、誰かのためになろうと奮闘する女の子。


 学校で話題に上る、逆巻ひじりの人物像と全く同じだった。


 きっと陽菜への助言も善意から来るものだろう。享受しても問題があるようなものではない。


「ひじり。もうやめにしないかい?」

「陽菜さん?」


 だが、それでも、陽菜はひじりの善意を拒絶した。


「ひじりがやろうとしていること、なんとなく分かったよ。時間をループさせて、私がより良い高校生活を送るまで何度もこの一年間を繰り返す。……無茶苦茶なことを言っていると、自分でも思うけどね」


「陽菜さん。何言って――」

「悪いけど、色々と調べさせてもらったよ」

「そう、ですか……」


 首をすくめながらも、陽菜はひじりを前にしてはっきりと口にした。彼女のことだ。何の根拠もなく適当なことを言っているわけではないだろう。


 なぜ分かった。どうしてばれた。


 観念したように俯くひじりの脳裏に、そんな言葉が驚きと共に浮かんでくる。


 だが、次に彼女口から出た言葉は、そのどれとも違ったものだった。


「……どうして、今まで何も言わなかったんですか」


 今回のループの中で、陽菜が時折これまでのループと違う動きをしていたことには気づいていた。今思えば、その時にひじりのことを嗅ぎまわっていたのだろう。


 その過程でループの存在に気付いたとして、どうしてそのことを今まで黙っていたのかが分からなかった。二〇二一年をループさせることに否定的ならば、もっと早いタイミングでひじりに打ち明けてもいいはずだ。


 ひじりの問いに、陽菜は少し間をおいて答えた。


「ひじりが心からの善意で動いていることを知っているから、かな。だから話し合いで解決したかった」

「善意、ですか」

「ああ、少なくとも一年は一緒に過ごしてきた間柄だろう? 私だって少しくらいはひじりのことを知ったつもりでいるよ」


 何度も二〇二一年を繰り返すひじりは、もう何年分も陽菜と共に同じ時間を過ごしている。二年や三年かもしれないし、もしかしたらもう何十年、何百年経っているのかもしれない。


 そして、陽菜にはその内のたったの一年分の記憶しかない。


 そのたったの一年分を、陽菜は誇らしげに突き付けた。


「もう一度言うよ。ひじり。もうループは止めてくれないかい」


 陽菜がまっすぐにひじりを見る。


 その視線から逃げるように、ひじりはうつむいたまま顔を上げようとしない。


 それからしばらく、お互い無言のまま時間だけが過ぎていった。


 やがてぽつりと、ひじりが口を開く。


「……まだです」


 口から出た言葉は、まだ諦めないと言う意思表示。


 陽菜の思いを突っぱねる、そんな意思表示。


「陽菜さんが今回ループの存在に気付いたとしても、その記憶は次回のループには持ち越せません」

「ひじり」

「……たとえ多少の想定外があったとしても、次に進めば問題ありません。私は絶対に、絶対に、陽菜さんを笑顔にしてみせます」

「ひじり!」


 自分の口から出てきた大声に、陽菜自身が一番驚いた。


 だが、それでもひじりは止まらない。


「それでは陽菜さん。また後でお会いしましょう」


 その言葉と共に背景がぐにゃりとねじ曲がり、生み出された黒い渦が何もかもを飲み込んでいく。


 そうしてまた、二〇二一年は巻き戻っていった。

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