逆巻神社の神様
その週末、陽菜は百円ショップから羊毛フェルトのキットを買ってくる帰り道、ふらりと逆巻神社に立ち寄った。
考えてみれば、そもそも逆巻ひじりそのものが不思議な存在だ。
春休みの途中で事故にあい、そのまま新学期を迎えることのできなかった同級生。それがどうしてか今は、自称神様として陽菜により良い高校生活を送るためのアドバイザーをやっている。
そしてそれが、夢の中に入り込んでお告げをしてくるという、まさに神様らしい、人間離れした方法を取っている。
理屈も理由も知らないが、できる限りのことは調べておいた方がいいのかもしれない。先日から続く奇妙な違和感も、もしかしたら彼女が何か関係しているのかもしれない。
そう思って、陽菜は逆巻神社に足を運んだ。今のところ、調べる手掛かりがありそうな場所といえばここともう一ヶ所くらいしかない。
「とはいえ、一体何から調べたものかねえ……」
「何かお困りごとですか?」
境内のど真ん中で人知れず呟いたつもりだった陽菜だったが、どうやら自分の他にも誰かがいたらしい。声を掛けられるとは思わず、陽菜は肩を跳ねさせながら振り返った。
陽菜に声を掛けたのは、見知らぬ中学生の女の子だ。彼女の身につける黒と紺の制服からして、近所にある地元の中学だろう。
まだ垢抜けない幼げな顔立ちに、肩の辺りで切り揃えたショートカットの黒髪。陽菜の顔を見てにっと微笑む彼女は、中学生相応のあどけなさに溢れている。
「驚かせてしまってすみません。私、この神社の管理をしている逆巻家の娘で、逆巻めぐるといいます」
「あ、ああ、こちらこそ変に驚いてしまってすまないね。私の名前は林陽菜だ」
丁寧に自己紹介するめぐるに対し、陽菜もつられて同じように名前を告げる。
そうしてから、ふと陽菜は、めぐるが口にした言葉に違和感を覚えた。
「そういえば逆巻さん、だっけ。さっきお困りごとって言ったかい?」
陽菜の質問に、めぐるはあっさりと首肯した。
それを見た陽菜がさらに首をひねる。
「その……この神社ってお悩み相談もやっているのかい?」
神様にお祈りでもしたくなるようなお願い事を抱えているのならば、初詣のシーズンでもなんでもないこの春先に、神社にお参りに来ることはなんらおかしくはない。
おかしいのは、その悩みを積極的に聞き出そうとしたところだ。神社の管理を任されているとはいえ、初対面の相手にわざわざそこまでする必要はない。
そんな陽菜の問いに、めぐるは少し考えてから答えた。
「ああいえ、そういうわけではないですが……。林さん、参拝客という感じには見えませんでしたので。先ほども何か口にしていましたし、お話を聞くくらいなら私にもできるかな、と思いまして」
「……まるでひじりみたいだな」
ひどくお節介で、他人の幸せが自分の幸せですとでも言わんばかりに、率先して誰かのためにと行動を起こす知り合いのような言葉に、思わずひじりは苦笑しながらぽつりと呟いた。
その彼女の呟きに、今度はめぐるが驚いた表情を見せる。
「林さん。お姉ちゃんのお知り合いなんですか?」
「……え?」
めぐるの言葉に、陽菜も驚いた表情を返す。
「もしかして、逆巻さん、……いや、めぐるさんって……」
「逆巻ひじりの妹です。林さんの制服、お姉ちゃんの学校のものと一緒だとは思っていましたが……」
「……そうだね。ひじりは私の同級生だよ」
お互い顔を見合わせて、しばらく無言のまま相手の顔を見つめ合った。
これを偶然と済ませていいのだろうか。
……いや、そんなはずがない。
ひじりが神様として陽菜の前に姿を現したことと、この神社には何かが関係している。
そんな確信が陽菜の胸を貫いた。
ならば、あとはその関係性を突き止めるだけだ。
「ところでめぐるちゃん。ここの神社は一体どんな神様を祀っているんだい?」
ひじりの名前が出てから改めて自己紹介をし直し、めぐると二、三会話をし、極力不自然さを消してから陽菜は思い出したようにめぐるに質問した。
「そうですね……。昔父から、この神社に祀られているのは聖の神という神様だと聴いたことはありますが、詳しいところまでは教わらなかったです。お役に立てず申し訳ありません……」
「いや、気にすることはないよ。ありがとう」
神社を管理している家の娘だからといえども、そこに祀られている神様のことに詳しいとは限らない。ましてやめぐるはまだ中学生だ。陽菜の質問に的確に答えられなくとも、それは仕方ないかと思うだけだ。
陽菜も事前に神社の立て札にある説明書きを軽く読んではみたが、概要ばかりで詳しいことは書かれていなかった。
とはいえ、神様の名前が知れただけでも収穫だ。聖の神とやらについては後で調べておくことにする。
そう思いながら、陽菜はもう一つの質問をめぐるにぶつけた。
「それともう一つ、ひじりのお見舞いに行きたいのだけれど、どこの病院だとかは教えてくれないかい?」
「いいですよ! きっとお姉ちゃんも喜びます!」
陽菜の言葉に、めぐるはぱあっと表情を明るくした。
それに対して陽菜は、ほの暗い感情を隠すように微笑んだ。
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