ゲームの存在
それから陽菜は、何度か二〇二一年を繰り返した。
ひじりの提案に乗り、充実した日々を送ろうとあらゆる物事に挑戦し、最終的には楽しみ切れていないとひじりが時間を巻き戻すループを、何度も、何度も。
そうして四度目のループの時に、それは起こった。
「それともう一つ、さしあたってやってもらいたいことが」
一周目の時には陽菜に生徒会長になることを提案した日。この日ひじりは陽菜に対して二つの提案を持ち掛けることにしている。
二周目と三週目では一つ目――生徒会長になるという目標を別のものに変えてきた。掲げる目標の難易度が高ければ高いほど、陽菜にかかる負担は大きくなる。
その負担がやりがいや張り合いに繋がれば、陽菜の退屈はきっと解消されるはずだ。
仮に目標が達成できなかったとしても、それはそれで陽菜の天狗の鼻をへし折ることができる。そうなれば、彼女の考え方に何かしらの影響を与えられる。
それがいいか悪いかは、実際に見てから判断すればいい。なにせ、ひじりには何度失敗しても二〇二一年そのものをやり直せる力があるのだから。
そんなひじりの目論見は、結果からいえば失敗に終わった。
ひじりの掲げる目標を、陽菜は事も無げに完遂してしまったのだ。どれだけ難易度の高い目標であったとしても、どれだけ陽菜がこれまで接点のなかったような奇抜な目標であったとしても、彼女は最終的にはひじりの課した目標を見事やり通した。
だからこそ、ひじりは四周目にして趣向を変えることにした。
「……羊毛フェルトとか、やってみませんか?」
「……はい?」
目標ではなく、勧める趣味の方を変えてみる。陽菜はゲームを存外気に入っていたが、他のものを勧めた場合どうなるかはまだ未知数だ。
もしかしたら、ゲーム以上に夢中になれるものを見つけられるかもしれない。
「だ、だって陽菜さんのお部屋、あんまりにも殺風景すぎるじゃないですか!」
「まあ、勉学に必要なもの以外は、あまり親にねだったことがないからね」
「別にそれが悪いことだとは言いませんけれど、それでも趣味の一つはあった方がいいと思うんです!」
「趣味、ねえ……」
ふうむと陽菜が唸る。
自分の部屋と、これまでの自分の生活を顧みて彼女が少し考え込む。
その仕草は、これまで巻き戻してきた二〇二一年でもおこなっていたものだった。
「もしも羊毛フェルトが合わなかったら、また別のことに挑戦してみてもいいんです。スマホさえあればアプリで作曲なんかもできますし、ボルダリングとか道具を使わないスポーツもあります。陽菜さん頭いいですし、将棋なんかを学んでもいいかもしれません」
だからこそ、ひじりも以前までと同じように次々に趣味の候補を述べていく。
これまで試してきたゲームだけは、候補から除外しながら。
――そのはずだった。
「……ゲームは勧めないんだね」
「え?」
だからこそ、不意に陽菜の口から滑り落ちた言葉に、ひじりは耳を疑った。
どうして、陽菜からゲームの話題が振られた?
今回の周回では勧めないつもりだったはずなのに。趣味候補に挙げなかったはずなのに。
陽菜の記憶の中に、ゲームのことなど残っていないはずなのに。
「陽菜さん。それってどういう……?」
思わずひじりは、陽菜に言葉の真意を問いただす。
だが、当の本人ですらその言葉が出てきたのは意外だったらしかった。自分で口にした言葉に自分で驚いている様子を隠しきれていない。
「……ああいや、私も一応高校生で現代っ子だからさ、ゲームの一つや二つは趣味くらいにやってもいいかもなーって、そう思っただけさ」
取ってつけたように陽菜が理由を口にするが、そんなこと考えていなかったのは明らかだ。
考えていたことといえば、どうして自分は、ゲームの話題を振ったのだろうかということくらいだ。
なぜ今、自分はゲームを勧められると思っていたのか。
自分は心のどこかでゲームをやりたがっていたのだろうか。だとすれば、なぜ?
そこから先、二〇二一年を繰り返してきたことによって生まれつつあった違和感に、連鎖的に気づいていく。
陽菜の中で違和感があぶくのように生まれて、それがいつまでも残り続ける。
「陽菜さん?」
「すまない。私もどこか疲れているみたいだ。そうだね。羊毛フェルトは今度見てみることにするよ」
たははとひじりに笑いかけるその裏で、陽菜は初めて、目の前の神様を疑った。
意識不明の同級生と同じ名前を名乗る、逆巻ひじりという神様を。
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