提案を聴き入れて
「なにげにゲームやってますね」
「勧めた本人がそれを言うのかい?」
夢のお告げの中でひじりが意外そうな声を上げ、それに陽菜は苦笑しながら言葉を返す。
ひじりの提案を陽菜が受け入れてから、およそ一週間が経った。
陽菜はひじりの提案に乗る形で生徒会に入り、家電量販店の広告で目に付いたゲームを購入していた。
生徒会の仕事に熱心に取り組み、家に帰るとゲームに手を出す。当然それで勉強をおろそかにすることはない。陽菜は新たに増やした習慣を、これまでのルーティンに上手く組み込んで見せていた。
「まあでも、そうだね。思った以上に楽しいよ。もう少し早く出会いたかったくらいにね」
「そうなんですか? 陽菜さん、ゲームするときも妙に真剣な顔してるじゃないですか」
ふっと笑う陽菜に、ひじりは首を傾げて疑問を口にする。
口では楽しんでいると言っているが、その実彼女は学校の試験に臨むような、真剣そのものといった表情でゲームをプレイしていることが多い。
それで果たして本当に楽しめているのだろうか。口ではそう言いつつも、その実ひじりに気を遣っているだけなのではないか。
そんな不安感がひじりの胸に渦巻いていく中、陽菜は表情に出した笑みをそのままに首を横に振る。
「今までずっと、物事には全力で取り組もうとしてきた弊害だろうね。ひじりが思っているような息抜きのためとしてじゃなく、一番を目指してゲームをやり込もうと向き合おうとしてしまっているんだよ」
「一番? 通信対戦とかならまだしも、今陽菜さんがやってるのって一人用のRPGでしたよね? 一体誰と競い合おうっていうんですか?」
いもしない相手と競い合うなど、普通はできるはずがない。単なるものの例えとはいえ、上手くかみ砕けないでいる陽菜の言うことが呑み込めずに引っかかる。
ひじりの言葉に、陽菜は顎に手を当てて少し考え込む。
「……過去これまでに、私と同じゲームをプレイした人達、かな」
やがて彼女の口から漏れ出たのは、そんな小さな呟きだった。
「私は誰よりも、このゲームを楽しみ尽くしたいんだと思うよ。一つだけ不自然に置かれた岩とかを調べると出てくる隠しアイテムを見つけ尽くしたい。各ステージのボスをいかに効率よく倒せるかで悩み尽くしたい」
「な、なるほど……」
陽菜の説明に曖昧な返事を返すひじり。
正直なところ、彼女の言うことはなんとなく分かるようで分かっていない。誰よりも楽しみ尽くすと一言で言えども、ではその基準はなんなのかという話になる。
第一、説明する陽菜ですら、自分の気持ちを他人事のように話しているではないか。
おそらく彼女自身初めての経験で、上手く自分の思いを明文化できていないんだろう。それを他人がきっちりと理解しろというのも無理な話なのかもしれない。
まあ、そもそも、そんなものを理解する必要もないだろうとひじりは思った。
ゲームの話をする陽菜は、ずいぶん穏やかで楽しそうにしているのだから。
○ ○ ○
「生徒会長就任、おめでとうございます」
「ありがとう」
ひじりの言葉に、陽菜はなんてことのないように返した。
陽菜の胸には、当選した証として赤い造花のブローチが付けられている。
「……勧めた私が言うのもなんですが、まさか本当になれてしまうものなんですね」
「そりゃあ、この日に向けて色々と努力したからね。他の役員達に、そこまで会長になりたいと思っていた人もいなかったのも大きいだろうけどね」
そう言って陽菜は笑う。
実際、陽菜の言う通り、彼女の努力は目を見張るものがあったし、今年の生徒会役員の中には彼女ほどやる気に溢れた生徒もいなかった。
だが、ひじりはこの成功に一抹の不安を感じていた。
あまりに物事がとんとん拍子に進みすぎている。彼女にとって都合のいいように話が進みすぎている。
本来ならば、それは喜ばしいことなのだが、今回の相手はあの陽菜だ。
あまりに物事が上手く行き過ぎているからこそ、あまりに人生がつまらなく感じてしまう。そんな、他の人達が耳にすれば嫉妬やら妬みやらの負の感情でいっぱいになりそうなことをのたまうような彼女だからこそ、時には挫折を、時には失敗を経験すべきではないかと思っていた。
そこからまた奮起したり、挑戦したりするための心の燃料にすればいい。
目標に向けて努力する、その過程こそがひじりが最も重要視していた点であり、結果そのものはどちらでもよかったのだ。
そんなひじりの思惑とは裏腹に、陽菜は挫折も失敗もすることなく目標を達成してしまった。
もちろん、それ相応の努力はあった。それを否定するつもりはない。
だが、このまま彼女の生活が上手く行き過ぎてしまえば、ひじりと出会う前の、日々を退屈に感じてしまうあの頃となんら変わらない。
だからこそ、タイムリミットが来る前に、ひじりは陽菜に対して次の一手を打たなければならない。
生徒会長を決める選挙が行われるのは二学期の半ば。文化祭や中間試験などのイベントが目白押しな秋の最中。
陽菜とひじりが初めて出会ってからちょうど一年。次の春が、着実に迫ってきていた。
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