ひじりの提案(後編)
「……ゲーム、買いませんか?」
「……はい?」
ひじりの口から出てきた次の提案があまりに予想外で、陽菜は思わず聞き返した。
先ほどまでの真面目な話題はどこへ行ってしまったのだろうか。ゲームを買うことがそれほど悪いことなのだろうか。
自分でも呆れるほど間抜けな声を出した陽菜に、ひじりが早口で捲し立て始める。
「だ、だって陽菜さんのお部屋、あんまりにも殺風景すぎるじゃないですか!」
「まあ、勉学に必要なもの以外は、あまり親にねだったことがないからね」
陽菜はそう言いながら、自室の内装を思い返す。
教科書や参考書の入った本棚に勉強机、その脇に置かれたカバン、部屋の隅のベッド。
クローゼットの中には制服と、休日に着る私服が数着。
あとは小物がいくらかある程度で、言われてみれば確かに彼女の部屋は殺風景が過ぎるのかもしれない。
それこそ、内装から部屋の主の人物像がほとんど見えてこないほどに。
そんな陽菜の部屋、ひいては陽菜自身に対し、ひじりが苦言を呈した。
「別にそれが悪いことだとは言いませんけれど、それでも趣味の一つはあった方がいいと思うんです!」
「趣味、ねえ……」
「もしもゲームが合わなかったら、また別のものに挑戦してみてもいいんです。羊毛フェルトとか百円ショップで買えてすぐ始められますし、ボルダリングとか道具を使わないスポーツもあります。陽菜さん頭いいですし、将棋なんかを学んでもいいかもしれません」
彼女の言うことはもっともだ。日々の退屈をどうにかしたいという願いに対し、趣味の一つでも探すのは至極真っ当な意見ですらある。
だが、陽菜はどうしても、そういったものに興味が持てなかった。
昨晩のドラマの感想を言い合ったり、こっそり学校に持ち込んだゲームを楽しむクラスメイト達に何かを感じたことはなかった。
それがなんでもできてしまう弊害か、それとも別の要因があるのか、それは陽菜自身にもよく分からない。
そう、分からないだけだ。だから、別にひじりの提案を真っ向から否定したわけではない。
ただのなんてことのない率直な疑問が、陽菜の口をついて出る。
「それはそうかもしれないけれど、そもそもなんでゲームなんだい?」
陽菜の質問に、ひじりは答えをすぐに返せなかった。
視線を泳がせ、必死になって返す言葉を探している。
ややあってから、ひじりはたどたどしく、なんともか細い声を上げた。
「だって、陽菜さん、ずっとつまらなさそうな顔してるじゃないですか……」
つまらないのは本心だ。一体何を今更。そんな言葉を陽菜は飲み込んだ。
彼女の話はまだ終わっていない。
「確かにつまらない日常をなんとかしたいというお願いだったから、そういう顔をするのも分かります。けれど、陽菜さんはあまりにも無表情が過ぎるんです。……せっかくの高校生活なんですよ? もっと楽しいことをして、もっと嬉しいことを経験して、もっと……」
ひじりの声は震えていた。
今にも泣きだしそうに俯きながらぽつぽつと紡ぎあげた言葉が、結局最後まで言い切られないまま途中で途切れた。
そこでようやく、陽菜は理解した。
このクラスメイトと同じ名前をした自称神様は、陽菜の願いごとを本気で叶えようと必死なのだ。
だから陽菜のことを全力で理解し、彼女がすべきことを全力で探している。
それこそ、願いごとを唱えた陽菜本人以上に、だ。
「うん、分かったよ」
陽菜の呟きに、ひじりがぱっと顔を上げる。
別に最初から彼女の意見を蔑ろにするつもりはなかった。だが、今回ばかりは彼女に根負けしたと思った。
彼女から伝わる本気の度合いに、真剣さに、行動で返すべきだと思わされた。
幸い、親から貰ったお小遣いは、使い道がないせいで貯まる一方だ。
「それじゃ、今度の週末、何かゲームを探してみようか」
「……はいっ!」
ぱあっとひじりの表情が明るくなっていく。
目尻に溜まった涙を拭おうともしないものだから、ひじりの顔はなんともいえない泣き笑いになってしまっていた。
そんな、今まで見たどんな笑顔よりもいい笑顔で、ひじりは陽菜に返事した。
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