ひじりの提案(前編)

「生徒会長になりましょう」

「……なんで?」


 逆巻神社での自称神様との出会いから早数日、陽菜の夢の中でひじりはそんな条件を突きつけた。


 ひじりのお告げの力にも困惑していた陽菜は、彼女の突然の提案にさらに困惑する。


「なんでもです。陽菜さんの退屈な日常をぶっ壊すために必要なのは、ずばり目標なのではないでしょうか?」

「目標、ねえ……」


「陽菜さんのお話を聴いて、陽菜さんの学校生活をしばらく観察していて思いました。陽菜さんはすごく優秀で、なんでもできてしまうすごい人なんだって!」

「今さらっと私のプライバシー侵害を自白したね?」

「でも、なんでもできてしまうからこそ、陽菜さんは日常がつまらなく思えてしまうんです」


 陽菜の言葉に耳を貸さず、ひじりは自分の意見を率直にぶつけていく。それで不快な気分になりそうにないのは、彼女が自分のために動いているからだろうか、はたまた彼女の人柄のおかげかと、陽菜は頭の片隅で疑問に思う。


 とはいえ、それについて考えていても仕方ないと、陽菜は思考を彼女の提案へと切り替えた。


 確かに、彼女の言うことには一理あるかもしれない。


 人より少々優秀で、大抵のことはなんでもできてしまったからこそ、日々の生活が退屈に思えてしまう。ならば、それ相応に難易度の高い目標を掲げ、それに向けて努力してみるのは理にかなっているといえるだろう。


 だが、納得はできても、それだけで疑問がすべてなくなるわけではない。


「でも、それでなんで生徒会長なんだい? そりゃ確かに、今から生徒会に入って生徒会長に立候補するのは難しいかもしれないが、難易度の高い目標なら他にもあっただろう?」


 陽菜に生徒会役員としての実績は全くないが、これでも一応優秀で模範的な生徒で通してある。その評判とこれから積み上げる実績をかけ合わせれば、難しいながらも生徒会長になるのは不可能ではないと彼女は考えていた。


 難易度の高い目標を掲げるとはいえ、それは別に学校に関係することである必要はない。むしろ、学外のコミュニティやコンクールなども選択肢に含めてやれば、生徒会長になる以上に難しい目標だって探すこともできただろう。


 それを指摘する陽菜に、ひじりは首を振って答えた。


「甘いです、甘いですよ陽菜さん。生徒会長になることはあくまで過程でしかありません。陽菜さんが真に目標とすべきことは、生徒会長として、陽菜さんが通う伊怒姫高校をより良いものにすることです」


 びしっと陽菜に指を差し、ひじりが意気揚々と宣言する。


 その意気に、思わず陽菜は一歩退いた。


 反論も意見も出てこない陽菜に対し、ひじりは畳み掛けるように自分の考えをぶつけていく。


「はっきり言いましょう。この目標は、陽菜さん一人が優秀なだけではまず達成できないと私は思っています。周りの人の協力なくして成せないこともありますし、逆に陽菜さんだからこそできることだってあるでしょう。そういった、他の人達との協力が不可欠だからこそ、今の陽菜さんにはいい目標になると私は思うんです」

「なるほど、ね」


 確かに、生徒会長としての仕事は、陽菜一人で成し遂げられるほど生易しいものではない。


 ひじりの言う通り、周囲の人の力を借りる場面が必ず出てくるし、逆に陽菜が周囲の力になる場面も出てくるだろう。過去これまでそういった経験のない陽菜にとっては、ある意味いい目標となり得るだろう。


 当然その間、自身の成績を落としていいはずがない。模範的で優秀な生徒であり続けながら、さらに生徒会長としての責務を全うする。


 突拍子もない相手の、よく分からない行動原理に付き合わされてはいるものの、彼女の言い分は案外筋が通っていた。


 断る理由も特にない。彼女の提案に乗ってみるのも一興かと、陽菜が彼女の言葉に頷こうとした時だった。


「それともう一つ、さしあたってやってもらいたいことが」


 陽菜の動きを遮るように、ひじりが口を挟む。だが、彼女の口調は妙に遠慮がちだ。


 先ほどまでの威勢の良さはどこに行ってしまったのだろうか。それほどまでに提案しづらいことを口にしようとしているのか。


 歯切れの悪い彼女の話を、陽菜はただ黙って続きを促す。


 ややあって、ひじりはぽつりと一言呟いた。

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