時間遡行の代償

 そんな中で、とある一つの疑問が涼の中で生まれた。


「ていうか、それって何が問題なんですか?」


 ふと涼の口を吐いて出た言葉を耳にして、大翔とめぐるの視線が一気に彼に集まる。


「ひじりさんが大翔の願いを叶えるために時間をループさせているのは分かりました。ですが、やり方は無茶苦茶とはいえ、別に悪いことをしているわけではないですよね? だったら、大翔の願いを叶えることにもっと積極的になっても――」


『その時間のループが、何のデメリットもなしに行えるはずがないだろう?』


 涼の言葉を途中で遮って、陽菜が首を横に振る。


『めぐるちゃん。ひじりの容態、悪くなる一方だろう?』

「え……」


 ふとした陽菜の一言に、めぐるの表情が固まる。


 たったの一言耳にしただけで、背筋にぞわりと嫌な予感が走る。


『ひじりが神様パワーと呼んでいる、ゲームでいうところのMPみたいなものが、タイムリープのたびに消費される。ゲームと違って、現実ではHPとMPは区別されていないから、ひじりがタイムリープをすればするほど、それだけ体力そのものを使ってしまうことになる』


「じゃあ、もしも体力が底をついたら……」

『現実に、蘇生魔法なんてないだろう?』


 恐る恐る訊ねる大翔に、陽菜はあっさりと答えを返す。


 そんなにも簡単に出てきていいものなのか疑わしい言葉が、彼女の口からさらりと滑り落ちる。


「だったら、なおさらループをさせないために、大翔の願いを叶えるべきなんじゃないですか? 願いを叶えさえすれば、もうループを繰り返す必要もないでしょう?」


『あの善性の塊のようなひじりが、佐藤君の願いごとを叶えるだけで満足するはずがないだろう? おそらくそう遠くないうちに次のターゲットを見つけるだろうさ。自分のやっていることは間違っていなかった、なんて勘違いをしながらね』


 涼の質問に対する陽菜の言葉に、誰もが言葉を失った。


 逆巻ひじりならばやりかねない。彼女を知る大翔とめぐるはそんな予感から、彼女を知らない涼はそんな二人と陽菜の様子を見て、陽菜に導かれるように同じ結論に辿り着いた。


 ひじりが大翔から離れ、次のターゲットを見つけてしまうとなると、そのループに、彼女に干渉できる保証も一緒になくなってしまう。


 そして、次のターゲットとなる人物が、ひじりのタイムリープの異常性と危険性に気付ける保証もない。万が一にも次のターゲットに接触でき、タイムリープの事実を打ち明けることができたとしても、その時点でひじりに時間を巻き戻され、最初からなかったことにされる。


 そこまで考えてようやく、大翔は陽菜がこれまでずっと、大翔にタイムリープの事実を明かさなかった理由を察した。ループの事実を打ち明けてもひじりになかったことにされてしまうのならば、ひじりの体にタイムリープ一回分の負荷を余計にかけてしまうことになる。


 そして陽菜も、卒業式の日にひじりのことを調べるよう何度も大翔に言い聞かせ続け、経験を蓄積させてデジャヴとして刷り込みながら、いつか自力でループの事実に辿り着く今日のような日を待ち続けていた。


「……ちょっと話はズレますけど」


 ふと、涼が沈黙を破る。


 今更疑う気などさらさらないが、陽菜の語る話がすべて事実だったとしよう。


 だとすると、そもそも論としてどうしてもおかしな点が出てきてしまう


「林先輩。なんでアンタ、そこまで今回の事情に詳しいんですか。あのひじりさんと関係があったとはいっても、それにしても知りすぎてる。いや、それどころかまるで当事者みたいにもの話すじゃないですか」


「まあ、そうだね。私の憶測もあるけれど、大方は本人から直接聞いた話だからね」

「本人って、ひじりからですか?」


 大翔の言葉に、陽菜はあっさりと頷いた。自分には決して明かそうとしなかったループの事実を、どうやら彼女には話したことがあるらしい。


 大翔はふと、陽菜とひじりが先ほどまで繰り広げていた剣呑なやり取りを思い返した。やはり尋常ではなかった二人の様子からして、彼女達には何かしらの因縁があるのは間違いないのだろう。


 ただ、それは果たして問いただしてもいいものなのだろうか。聴きあぐねている大翔の様子に気付いた陽菜が、代弁するように口を開いた。


「いいよ。私とひじりに何があったかを話しておこう。少し長くなるかもしれないけれど、しっかり聞いておくれ」


 そうして、陽菜は自分の過去を、逆巻ひじりとの出会い、そして彼女との決別を語り始めた。

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