≒恋愛もののギャルゲー

 しばらく、誰も何も言えなかった。


 賑わいを見せるフードコート内のざわめきが、今は妙に遠くから聞こえる気がする。


『はいはい、君達、いつまで呆けているんだい。話はまだ一つも終わっていないんだよ?』


 画面の向こうで、陽菜が手を叩きながら呼びかける。それに我に返った大翔達が揃って陽菜を見て口を開く。


 だが、誰一人として言葉を発することができないでいた。先ほどまで目の前で展開されていた光景に理解が未だに追いつかない。体だけ反射的に動いたものの、思考がまとまらない。


『……とはいっても、今起きたことに理解が追い付かないのは仕方ないか。それについては今から説明するよ』


 そう言いながら、スマホのマイクがぱらぱらとノートを開く音を拾った。それからさらさらと何かを書き留めながら、陽菜は続く言葉を口にした。


『まず大前提として、君達を取り巻く環境では、ありえないことが起こりえるということを理解した上で聴いてほしい』


 大翔が感じるデジャヴ。聞こえ続ける誰かからの呼び声。


 そして、今も目を覚まさしていないはずのひじりが、彼らの目の前に突然現れ、忽然と姿を消したこと。


 もはや大翔達の中に、陽菜の言葉を否定することができる人物はいなくなっていた。


『そして、その上で聴いてほしいんだが、私達のいるこの世界は、何度も時間をループしている。逆巻神社の神として意識を持った、逆巻ひじりの手によって、ね』


 その陽菜の言葉に、最初に反応したのは涼だった。


「じゃあ、大翔が最近感じてるっていうデジャヴも……」

『ああ、気のせいなんかじゃなく、前の周回のどこかで、実際に同じ行動を取っていたのだろう。記憶に残っていなくとも、経験として体が覚えていたんだろうね』


 そう言いながら、陽菜は書き上げたノートをとんとカメラの前に置いた。


 画面に映されたノートには、左から右に伸びた矢印と、細々とした説明書きが至る所に記されている。


『いいかい? この矢印が時間軸で、左から右にいくにつれて未来に進んでいると思ってくれ』


 ノートの真ん中、一直線に描かれた矢印を指でなぞる。


『本来ならばこの時間軸は、このまま未来に向かって伸びていき、元の場所に戻ることはない。それをひじりは、スタート位置とゴール位置をくっつけて、輪っかにしてぐるぐる回すようにして時間をループさせている』


 陽菜は画面いっぱいに映したノートをカメラから少し離し、くるりと筒状に丸めた。ノートに描かれた矢印は、丸められたノートと同じく円を描いていることだろう。


『全く同じ時間を繰り返すわけだから、何か外部からの影響を受けない限り人の行動も全く同じになる。その経験が何度も繰り返されて少しずつ体に蓄積されていったものが、佐藤君の感じるデジャヴの正体さ』


 陽菜の説明に理解を示し、涼は冷や汗を流しながら息を飲み込んだ。


 だが、大翔とめぐるは、彼女の説明があまりぴんときていないらしい。何かとんでもないことが起きているということまでは分かったが、それ以上の理解ができていないらしい。


 それを見た陽菜はふむと唸り、先ほどまでの説明を別の表現で表した。


『そうだね。例えるならばこの世界は恋愛もののギャルゲーで、ひじりはそのプレイヤーだ』


 ひじりがゲームの世界に影響を与えることで、ゲーム内のキャラクターの行動が変化する。そうして、自分が望むエンディングに行きつくまでセーブとロードを繰り返す。


 今度の陽菜の説明は、大翔とひじりにも理解できたようだ。二人の困惑していた表情が明らかに変わっている。


 だが、それはそれとして、だ。本題とは全く関係のない話題が大翔の口をつく。


「先輩の口からギャルゲーなんて単語出てくるんですね」

『私もギャルゲーくらい人並みに嗜むさ。今度何か貸そうか?』

「興味はありますけど、今は一旦置いておきましょう」


 陽菜の今まで見たことのない一面は大翔も気になるが、今はそれどころではない。


 未練を振り払うようにして首を横に振る大翔に、陽菜は笑って頷いた。


 そして、陽菜は話をひじりのタイムリープに戻す。


『要するに、だ。ひじりはあらかじめ作っておいたセーブポイントを基準にして、何度でも時間を巻き戻すことができるんだ。佐藤君の話を聴く限り、おそらく四月十二日が今回のセーブポイントだろう』


 そうして、ひじりが望むエンディング――大翔と陽菜がくっつくという結末に辿り着くまで、二〇二二年は何度も繰り返される。


 陽菜の口から聞かされた事実に、三人とも唖然としている。


 現実にはありえないことが起き、これまでの常識では計れないことがなされようとしている。その説明がしっかりと理解できていたとしても、疑うことなく飲み込めたとしても、衝撃を受けないわけではない。

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