週末のフードコート

 街一番のショッピングモール。その一階の隅の方に設置されたフードコート。


 この日は休日ということもあり、昼飯時を過ぎた時間でも買い物客でごった返していた。


 そんな中、テーブル席を一つ陣取って、大翔と涼はある人物と待ち合わせをしていた。


 やがて二人のいるテーブルに、ぱたぱたと駆け寄る少女が一人。急いできここまでやって来たのだろう。エアコンのきいた店内であるにも関わらず、彼女は少々汗をかき、到着と同時に軽く息を整えた。


「お、来た来た」

「すみません。遅くなりました」

「ええよー。俺らもいまさっき来たとこやから」


 軽く息を吐いて頭を下げる少女――逆巻めぐるに、大翔と涼は彼女の遅刻を軽く流して相席を勧めた。


 失礼しますと席に着いためぐるだが、その表情はどことなく硬い。


 大翔が二人を呼び出した際に、お互い涼とめぐるのことは軽く触れていた。だが、二人が実際に会うのはこれが初めてだ。人見知りが発動してもおかしくはない。


 まずは両者とすでに知り合っている大翔が間に入る形で、二人の自己紹介をすることにした。


「さて、二人は初めてだったよな。こっちは逆巻めぐるちゃん。近所にある神社を管理してる家の娘さん」

「は、はじめまして」


 汗ばんで上気しているのも気にせずに、めぐるは勢いよく涼に頭を下げる。


「それで、こっちは逸見涼。俺のクラスメイト」

「どうもこんにちは。そんな肩肘張らんでええから、俺のことは適当に呼んでもらってええで」


 対する涼は、にこやかな笑顔でめぐるに軽く手を振った。彼女とは対照的に、こちらはあまり緊張している雰囲気はない。


「そんで、わざわざ呼び出して、今日は何の集まりなんや?」


 普段通りの何気ない会話をするのと同じ感覚で、涼は大翔に今日の集まりについて尋ねる。


 相談ごとがあるのなら、別に大翔が保健室に運ばれたあの場で話してもよかったのだ。それを大翔は、わざわざ日を空けただけでなく、涼と接点のなかった中学生の女の子も巻き込んだ。


 それだけのことをしなければならない理由が、大翔にはある。涼もめぐるも、そのことは既に察していた。


 話を振られた大翔は彼の言葉に小さく頷いて、二人に声をかけた理由を口にする。


「……唐突なんだけどさ、二人は神様って信じるか?」


 それから大翔は、突然自分の前に現れた自称神様のことについて、それから自身の身の周りで頻発する、デジャヴや奇妙な違和感について、包み隠さず語りだした。


 突拍子もない話だということは、他ならぬ大翔自身自覚している。だが、だからといって躊躇うつもりは毛頭ない。


 とうとうと水が流れるよう紡がれる大翔の話が終わるのに、そう長い時間はかからなかった。それと同時に、涼はフードコートの天井を仰ぎ見て難しい顔をした。


「……正直、何言っとるんやこいつとは思ったけど――」


 ため息交じりに涼は呟く。


「既視感とかデジャヴとか、そういう変な感じに似たようなもんなら、俺にも何回かあったわ」

「本当か!?」

「あんま人に言うような話でもないわ思って口にはせんかったけど、正直、ただの気のせいにしては妙に実感篭りすぎて変やなとは思っとった」


 驚き聞き返す大翔に、涼は少し苦い顔をしながら頷いた。


 大翔の言い出した話は、とてもではないが、貴重な休日を潰してまで聴くような話ではない。


 だからこそ、彼が感じたと話すものに似たものが自分にもあることに、涼は内心複雑だった。笑い飛ばせばいいのか怒るべきなのか、判断のつかないようなろくでもない彼の話に信ぴょう性が出てきてしまえば、彼の話を簡単には否定できなくなってしまう。


 だが、だからといって、そう簡単に肯定できるような話でもなければ、信用できるような話でもない。


「そのような感覚は、私にはないですね……」


 そんな涼の考えをくみ取ったかのように、彼の隣に座るめぐるは首を横に振った。


 それに大翔は、落胆するでも残念がるでもなく、ただめぐるの反応を見ていた。到底信じられるような話ではないことくらい自覚している。そもそも彼女の反応の方が正しいのだ。


「ですが」


 だが、彼女は彼女で、大翔の話を否定するだけで終わろうとしなかった。


「大翔さんがおっしゃっている自称神様については少し気になりますね。そのお告げをしてくる神様って、本当に聖の神なのですか?」

「と、いうと?」


 そもそもひじりの存在そのものに疑問を持ち始めためぐるに、大翔は思わずその理由を聞き返す。


 ううむと少し唸りながら、めぐるは自分がそう思った理由を口にした。


「確かに聖の神は、時間を司る神様として信仰されてきた神様ではあります。ですが、いってしまえばそれだけの神様なんです。古事記の中に名前がちょっと出てくるくらいで、具体的に何かをしたという記述はないくらい、かなりマイナーな神様でしかありません。そんな聖の神が、夢の中でお告げだの助言だのをしてくるというのは、どうにも違和感があるといいますか……」


「なんや、めぐるちゃんえらいその神様について詳しいやん」


 神様の説明がすらすらと口から滑り出てくるめぐるに、涼は感嘆の声を上げた。


 褒められて少々照れているようで、めぐるは頬をかきながら……


 ふと、眉をひそめた。


「……あれ、私どうしてこんなこと知ってるんでしょう……?」


 彼女のその言葉に、大翔と涼は同時に凍りついた。


「え、親御さんに教えてもらったとか、自分で調べたとか、そういうのんとちゃうん?」

「確か、聖の神について尋ねられたことがあって、その時に調べたような気がします。ですが、それがいつ、誰から尋ねられたかがどうしても思い出せないんです。そもそも、その記憶すらもちょっと曖昧といいますか……」


 おそるおそる尋ねた涼に、めぐるは歯切れの悪い言葉を口にしながら首を横に振る。


 彼女が感じたこの感覚がどのようなものかは分からない。だが、つい先ほどまで奇妙な感覚について話していた彼らは、これがただ偶然に通っていただけの、なんてことのない現象と思えなくなってしまっていた。


 ましてや、聖の神について尋ねてきた、めぐるが思い出せない誰かというものは、大翔が耳にした記憶にない誰かからの声と共通するものがある。


 背中に氷を入れこまれたかのように、背筋が凍る思いをしながら、大翔はぽつりと呟いた。


「これは、やっぱりひじりが何か関係してると思っていいよな……?」

「ん、ひじり?」


 大翔の口から出てきたひじりという名に、ふと涼が反応する。


 その反応を見て、大翔はああと声を上げた。


「そういえば、これはまだ言ってなかったっけか。俺にお告げしてくる自称神様の女の子なんだけどさ。聖の神とはまた別の名前を名乗ってたんだよ」


 そうして大翔は、なんてことのないように、自称神様の名前を口にする。


「逆巻ひじりって――」


 その瞬間、がたんと大きな音がした。


 隣を見ると、めぐるが驚き椅子から転げ落ちそうになっているのを、震える腕でなんとか体を支えているところだった。大きく見開いた目で大翔を捉え、フードコートまで走ってきて紅潮していた頬はすっかり青ざめてしまっている。


 震える声を、めぐるはなんとか一言絞り出す。


「どうしてそこで、お姉ちゃんの名前が出てくるんですか……?」

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