心配、今週末、頼り頼られ

「すいませーん。ベッド使わしてもろてもえーですかー……っと、なんや、誰もおらんやん」


 引き戸を開いて保健室を見渡し、誰もいないことを確認した涼は、仕方がないと空いているベッドに大翔を座らせ、そのまま彼の体を横に倒す。脱がした靴はベッドの脇に置いておき、大翔の体にそっと掛け布団をかけた。


 そこまでしてから、ベッドの横で立ち上がる涼はふうむと唸る。


「……さて、こういう時ってどうしたらええんやろ。今から先生探しに行くんも手間やし、行き違いになったらなったで面倒やしな……」


 置き手紙とかしといた方がええやろかと、保健室のテーブルに視線を移した涼の学生服の裾を、大翔が指でつまんで引き留めた。


「……なんや? どないしたんや?」


 きっと自分に何か用があるのだろう。涼は大翔の意図をくみ取り、椅子を引っ張り出してベッドの脇に座った。


 そんな涼に、大翔はなんとか言葉を発しようと口を開く。だが、どうにも上手く声が出てこない。


 今の彼の体調では、ただ喋ることも難しいのだろう。それを察し、涼は大翔に声を掛ける。


「事情は林さんに言うとるし、多少授業に遅れたところで大したことあらへん。言いたいことあるんやったら、ゆっくりでええで」


 涼の言葉に甘え、大翔はゆっくりと息を整えてから口を開いた。


「……まあ、何から言えばいいのか、俺も、よく分かんないんだけど……」


 自分に語りかける誰かの声のこと。最近頻発する、デジャヴと奇妙な違和感のこと。


 そして、自称神様、ひじりのこと。


 何から話せばいいのか、大翔には判別がつかなかった。そもそも、話題をどれか一つだけに絞ったとしても、果たして涼が信じてくれるかも怪しいものだ。


「さよか。そんなら俺から先にちょっとええか?」


 椅子に座り直し、涼が大翔に尋ねる。


 こくりと小さく頷いた大翔の反応を見て、涼が質問を口にした。


「一体何してこんな体調崩してん。まさか夜更かしして寝不足なだけですー、とかなわけないやろ?」

「……それで体調不良起こして、迷惑かけてるんなら……、余計怒るだろ」


「阿呆。今言うたみたいなしょーもない理由やった方がよっぽどマシや。まあ、言いたないなら無理強いはせんけど」

「……ごめん」


 どうしてか、謝罪の言葉が真っ先に口を突いて出てきた。


 今言うべきは、そんな言葉ではないことくらい分かっているのに。


 だが、それと同時に、涼がどれほど大翔を心配しているかを感じ取れた。


 それこそ、彼に話すことを躊躇っていることが馬鹿らしくなるくらいに。


 思わず大翔は、交差させた両腕を持ち上げ顔を隠した。


「……なあ涼。今週末くらい、時間取れるか?」


 息を整えながら、大翔はゆっくりと言った。


 両腕の下に隠した表情は読み切れず、疲れているせいか声はずいぶん震えていた。


「午前中に部活あるから、その後で頼むわ」


 対する涼は即答した。


 涼の表情に迷いはなく、声には一切のためらいがなかった。


 彼の声色は、もはや見る必要すらないだろう。


「相談したいことがある。ちょっと頼らせてほしい」


 大翔の両腕に隠した目が、ほんの少しだけ顔を覗かせる。


 その瞳は、少しだけだが、確かな光を取り戻していた。

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