卒業式の日(六)

 タイムリープというものは、喩えるならばゲームのやり込みプレイのようなものといえばいいでしょうか。


 繰り返しの一年間の中で、私の操作によってゲームキャラの行動に影響を与え、グッドエンドを目指すというもの。


 今回の周回プレイにおいてのグッドエンドは、大翔さんと陽菜さんを恋人同士にすることです。もちろん、形だけそうなっても意味はありません。ちゃんとお互いがお互いのことを好きになり、愛し合う関係になることが前提条件となります。


 とはいえ、それはあくまでゲームの話です。現実はゲームのように簡単にはいきません。


 まず第一に、現実はゲームとは違い、私の行動とは関係ない部分でも人々の行動は変化し得るということ。


 それまでの条件を全く同じに揃えたとしても、前回の二〇二二年とは違う行動を起こす場合があります。せいぜいセリフが微妙に異なるといったような、ごくごく小さな変化でしかないことが多いのですが、だからといっていつまでも放置しているわけにはいきません。


 その行動の変化が、はたしてただの偶然なのか、ループによる経験が蓄積されたことが原因なのか、私には判別できないのです。


 仮にこれまでのループによる経験が変化をもたらしていたのであれば大問題です。デジャヴが起きるほどに経験を蓄積されているということは、今後の行動にも影響を及ぼしかねません。デジャヴを感じるまではいかなかったとしても、その一歩手前まで来ている証拠になります。


 そうなってしまえば、前回までの周回で得た情報が役に立たなくなってしまいます。


 そんなことを思いながら、私は屋上に向かう大翔さんの背中を見守っていました。


 今日は、高校の卒業式の日。


 大翔さんが陽菜さんに告白するよう設定した。これまでの行動に対する答え合わせともいえる日です。


「やあ、待ってたよ」

「先輩。お時間頂き、ありがとうございます」

「いいよ。生徒会の集まりが終わったら、その後特に予定はないからね」


 お二人のこの会話も、何度も繰り返してきたものです。


 以前までの周回と同じであれば、この先の展開は私もよく存じています。


 大翔さんの告白に、陽菜さんは応えない。


 それが、最後にして最大の関門。


 大翔さんが気になっているお相手である陽菜さんが、私のタイムリープをすでに一度看破しており、さらに周回前の記憶を持っているということです。


 そして陽菜さんは、私のタイムリープに対抗するため、大翔さんの告白を何度も断り続けています。


 それがどうしてなのかは、私にもよく分かりませんが……。


「先輩、あの……」


 おずおずと口を開く大翔さんの告白を、間近で見守ります。


「……こういうこと、前にもやりませんでしたっけ?」


 校舎の屋上を吹き抜ける風はとても強く、陽菜さんの髪をはためかせます。


 はためく髪をかき上げ、陽菜さんが笑ったように見えました。


 一方の私は、大翔さんの言葉に思わず固まってしまいました。


 こんなこと、一度もなかったはずなのに。


 いや、ついに、大翔さんのデジャヴが、周回前と違う行動を引き起こすほどに強まってしまったということなのでしょう。


「佐藤君は覚えていないのかい?」


 自分の言葉に首を傾げる大翔さんに、陽菜さんがそっと語りかけます。


「いや、覚えていないっていうか、そもそもあるはずがないんですけれど、どうしてか、こんな景色を見たことがあるような気がしまして……」


 まずい。


 まずい、まずい、まずい!


「大翔さん!」


 思わず私は、お二人の前に姿を現します。


 ですが、何を言おうかを全く考えていませんでした。完全に私のミスです。せっかくの雰囲気が台無しです。


「え、ひじり?」


 大翔さんも私がいるとは思わなかったのでしょう。完全に虚を突かれた声で私の名前を呼びます。


 その奥で、陽菜さんはさらに笑みを漏らしたように見えました。


「え、なんでひじりがここに?」

「おおかた応援している君のことが心配で、こっそり様子を見に来ていたんだろうね。まあ、予想外の何かが起きて、慌てて飛び出してしまったようだけれど」


 大翔さんの後ろから、陽菜さんが解説します。彼女の言う通りすぎて、非常に歯がゆい思いをしますが、ここは一旦耐えましょう。


「ていうか、陽菜先輩、ひじりと知り合いなんですか? ていうか、応援って……」


 大翔さんの疑問はさらに深まるばかり。もはや告白のことなど頭から抜けていることでしょう。


 いや、そもそも、こんな状況から告白できるとも思えませんが。


 もう、仕方ありません。


「分かりました。今回は諦めることにします」

「待って、諦めるってなんだよ!?」


 大翔さんが声をあげますが、私は何も答えません。彼には申し訳なさしかありませんでした。私の勝手な都合で、卒業式の日を仕切り直すことにされてしまったのですから。


「佐藤君」


 大翔さんに陽菜さんが声を掛けます。


「もしも今日のことを覚えていられたのなら、君にやってほしいことがある。逆巻めぐると接触して、逆巻神社に何が祀られているのかを、次の卒業式までに調べておいてくれ。おそらくそれで全部繋がるはずだ」

「待ってください。次の卒業式ってなんですか!?」

「今言った通りさ」


 大翔さんの問いかけに、陽菜さんはそう答えるだけ。


 今の言葉だけで一体何が繋がるというのか。それは私にも分かりませんが、タイムリープを看破した陽菜さんの言葉です。きっと大きな意味があるのでしょう。


 ですが、そんなもの関係ありません。


 陽菜さんがそれ以上何かを口にする前に、私はループを開始します。


 世界がぐにゃりとねじ曲がり、今日という日と二〇二二年四月八日が地続きに繋がります。


 そうして次に大翔さんが目を覚ました頃には、私はもう一度、初対面を装って彼に話しかけることでしょう。


 それについてはもう慣れました。ええ、慣れましたとも。


 そんなことよりも、今私が考えるべきは別の事です。


 次の周回で、どのような対策を施すべきか。陽菜さんを攻略するためにできることはないか。


 そして、陽菜さんが頑なに大翔さんの告白を断り続けるのか。


 どうして、私の行いは阻まれなければならないのでしょうか。


 誰かの願いを叶えたい。そんな私の願い事は、叶えられてはいけないものなのでしょうか?

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