二〇二二年四月二十三日(三)及び四月十九日(四)

 二〇二二年を何度も過ごしたおかげで、この年の大翔さんの行動パターンはおおよそ掴めました。


 この一年の間に、大翔さんと特に深く関わる人物はおおよそ三、四人ほどでしょうか。


「あの……、何やってんの?」

「え?」


 その内の一人、逆巻さかまきめぐるさん。


 地元の学校に通う中学三年生で、大翔さんとは別の高校に通っているため、接触する機会はそう多くありません。


「すみません。驚いてしまって、つい……」

「いや、俺も悪かったよ。急に声かけたのはこっちだし」


 しかし、大翔さんは四月二十三日になると必ずふと思い立ち、私のことをよく知ろうと逆巻神社に足を運びます。そして、その時に必ずめぐるさんと知り合うことになるのです。


 しかも、彼女はお家の神社をよく手伝っているからでしょうか。神社に祀られている神である私のことについて少々お詳しいご様子なのです。この日以降、大翔さんはめぐるさんに会いにたびたび逆巻神社を訪れることになります。


 一応、これまでの二〇二二年の中で、彼女が私について核心に触れるようなことを口にしたことはありません。ですが、めぐるさんがきっかけで、大翔さんが私のことを知りすぎる可能性もないわけではありません。


 私のループの力の欠点に、気づかれてしまう可能性がないわけでもありません。


 万が一にも私のループの力に気付かれてしまえば、大翔さんはこれまでとは違う行動を起こすかもしれません。そうなってしまっては、私の持つ二〇二二年の経験がすべて役に立たなくなってしまいます。


 そのため彼女は、警戒しておくに越したことはありません。


 軽快するといえば、警戒すべき人物はもう一人います。


「疲れた……」

「なんや? 朝っぱらから元気ないなあ」


 登校早々、机に突っ伏す大翔さんに声をかけたのは、ご友人の逸見いつみりょうさん。


 この春、関西からこちらにお引越ししてきた方だそうです。幼い頃からやっていたテニスをこちらでも続けており、その卓越した技術のおかげで、部内ではすでに一目置かれている存在になっているようです。


 まあ、私も彼は別のところで一目置いているのですが。


「ああ、涼か。おはよう」

「おはようさん。そんで、大翔はなんでそんな朝から疲れとるんや?」

「いや、実はな……」


 ここで、大翔さんは考えこみました。


 おそらく、私のことを打ち明けようか迷っているのでしょう。とはいえ、出会ってから間もない彼に私のことを話したとして、果たして信じてもらえるものでしょうか。


 私でしたら、冗談か何かかなと思いますね。自分で言うのもなんですが、この時代に神様がどうのだなんて、物語の世界じゃあるまいし。


「……変な女の子に絡まれた」


 大翔さんも、私と同じことを思ったようです。結局、ここでは私のことはちゃんと話さず、少しぼかした表現を使います。


「なんやそら。てっきり、また陽菜先輩のことでなんか悩んでるんか思ったわ」


 そんな大翔さんに、涼さんはけらけらと笑って対応します。


 ですが、この日は違いました。


 涼さんの言葉に、大翔が凍りつきます。


 涼さんもまた、自分の発言を振り返り、頭に疑問符を浮かべました。


「俺、陽菜先輩のことで、涼になんか話したことあったっけ?」

「いや、なかったはずやけど、ならなんで今、俺陽菜先輩の名前が出てきたんや……?」


 何度かループして気付いたのですが、涼さんという人は、妙に勘が鋭いようなのです。


 タイムリープは大変便利な、魔法のようなものです。時間を巻き戻し、これまでのことをなかったことにしながら、私だけがこの先に起きる出来事を知り、対処できる。


 ですが、どうやらタイムリープ前の出来事は記憶に残らないとしても、経験としてほんの少しずつ体に溜まっていくようなのです。


「俺が知りてえよ。……俺ってそんなに分かりやすいか?」

「いやー、まあ、そんな真面目そうでもなければ、内申点気にしてるような雰囲気でもなさそうやのに、入学一週間で生徒会に入るような奴やし……。陽菜先輩狙ってるって説明されれば納得はできるけど……」


「もしかして今俺けっこう貶された?」

「でも、そんな簡単に気付けるかと言われれば正直怪しいで。俺かって、なんで今の言葉が出てきたんかよう分からんくらいやのに」


 塵も積もればなんとやら。タイムリープでそのちょっとした経験を何度も積み重ねていくと、その経験をデジャヴとして感じ取る人が現れてしまうようなのです。


 そして、涼さんの勘の鋭さは、少ないループの中で経験をデジャヴとして認知しやすくしているようです。このまま放置していては、いつタイムリープ前の出来事をはっきりと知覚してしまうか分かりません。


 これがこの先、どのように影響を与えてくるかは、私にも予想できません。そのため、涼さんはかなり警戒しておく必要があります。同じ高校で、ご友人で、クラスも一緒ということで、大翔さんに接触する機会は一番多いですからね。


 まあ、大翔さんのご友人ですので、彼に何か良くないことをするとは思えませんが……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る