第七章 巡り回る二〇二二年
二〇二二年四月八日 十五時頃(三)
人気のない逆巻神社の賽銭箱に、小銭が一枚投げ入れられました。
小銭を飲み込んだ箱の底の方でちゃりんと音が鳴り、ややあってからんからんと頭上の鐘が音を立てて揺られます。
二礼、二拍、一礼。
参拝の作法をきっちりと守り、参拝客の少年は神社に深々と頭を下げました。
そして、心の中でお願い事を一つ。
彼のお願い事が前回と変わっていないことを確認して、私は彼の背中に向かって呼びかけます。
「こんにちは! いいお天気ですね!」
「え!?」
私の声に驚いて、
そんな彼に、私は微笑みかけます。
寂しい気持ちを、ぐっと笑顔の裏に隠します。
大翔さんはそんな私を苦い顔して見ています。
どこからともなく突然現れた私に対して、不信感を隠そうともしていません。
それでも私は気にしません。紅と白の巫女装束。漆塗りの下駄の艶やかな黒。逆巻神社を取り囲む木々の新緑を背景に、私の白い髪を風に靡かせます。
せっかくの出会いなのですから、綺麗で神々しい印象を持ってもらいたいですからね。
ま、私からすれば、この出会いも三回目なのですが。
そして、この先の展開も、今回が三回目。
神様パワーを信じてもらうために、大翔さんの個人情報を暴露するのも三回目。
――陽菜さんの名前を出すのも、大翔さんから疑念の眼差しを受けるのも、これが三回目。
そして、この先に起きるすべての事象は、私にとっては、私だけは三回目となるのです。
これは大翔さんには言わずにいたことなのですが、実は私の持つ神様パワーは、誰かの夢の中に入り込み対話を行う、お告げの力とは別の力があります。
それが、巡り回る暦の始まりと終わりを繋ぎ合わせ、同じ一年を繰り返す力。
いわゆる、ループというものです。
前回までの経験を次週に持ち越し、改善点は逐一修正する。そうした試行錯誤の末に、大翔さんは陽菜さんと恋仲になる、理想の二〇二二年を送ることができるようになるはずなのです。
それが、私が大翔さんの願い事を叶えるための作戦でした。
「そんな怖い顔をしないでください。私は佐藤さんの味方なんですから」
大翔さんのことを佐藤さんと呼び直し、彼に味方したい旨を説明するのも、これが三回目。
誰彼からも忘れ去られ、また一人で二〇二二年をやり直すのも、これが三回目。
「佐藤さんの恋路、私に応援させてもらえませんか?」
胸に手を置き、私は心からの本心を口にします。
私と彼は初対面なのですから、当然信用も何もありません。もしかしたら、ここで彼に拒絶されるかもしれません。我ながら、それをされても仕方ないと思えるくらい胡散臭いですからね。
ですが、今のところそうなったことはありません。
大翔さんも大概お人好しなんです。私が本心で話をすれば、まず間違いなく大翔さんは耳を傾けてくれます。信用もなにもない私の言葉であるにも関わらず、です。
そんな彼だからこそ、彼の願いを叶えたいと思うのです。
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