第六章 卒業式の日(二)

大翔の告白

 それからの日々は飛ぶように過ぎていった。


 文化祭に体育祭といったイベントが目白押しの二学期に、三年にとってはこの先の進路に深く関わってくる受験を控えた三学期。


 その両方を、大翔はなるべく陽菜と過ごすようにした。


 そうしてやってきた卒業式当日。三年生最後の登校ということもあって、学校には様々な生徒達で溢れかえっていた。


 部活動の先輩を送る後輩達、個人的にお世話になっていた先輩にお礼を言いに来た生徒達。


 そして、生徒会の中でも、卒業生を送る会が開かれていた。


 先輩や先生のお話もそこそこに、クイズ大会やビンゴで盛り上がった。


 だが、大翔にとっては、そちらはさして重要ではない。


 生徒会の卒業生を送る会が終わり、卒業生も在校生も帰り始めた夕暮れ時。大翔は他の生徒達とは逆行しながら校舎の屋上に向かっていく。


「やあ、待ってたよ」

「先輩。お時間頂き、ありがとうございます」

「いいよ。生徒会の集まりが終わったら、その後特に予定はないからね」


 屋上に繋がる扉を静かに開く。その先では、あらかじめ呼んでいた陽菜が、本を読みながら大翔のことを待っていた。


「それで、話ってのは、なんのことかな?」


 大翔が陽菜を呼び出した用件を、彼女もとっくに察してはいるのだろう。


 手にした本にしおりを閉じ、そっとカバンの中にしまい込む。


 縁に座り込みながら、陽菜は大翔の言葉を待った。


 一方の大翔は、陽菜に促されて口を開く。


 喉から言葉を押し出そうと必死だったが、がちがちに固まった口から声が上手く出せない。


「先輩。俺と付き合ってください」


 それでもなんとか、勢いに任せて、大翔は陽菜に言い切った。


 思い切り頭を下げたせいで、陽菜の表情が全く見えない。頭を上げようにも体もがちがちに固まってしまっているようで、先ほどからコンクリートの地面しか視界に映らない。


 たった数秒の沈黙が、いやに長く感じられた。


 ややあって、陽菜が一言呟いた。


「……すまないが、それはできない」


 陽菜の返事を聞いて、大翔はゆっくりと頭を上げる。


 嬉しそうでいて、悲しそうだった。


 残念そうで、それでいて申し訳なさそうだった。


 なんともいえない複雑な表情をして、陽菜は言葉を続ける。


「君が生徒会に入ってから、とても楽しかったよ。……うん、三年間の高校生活の中で、最後の一年が一番充実していた。もちろん、君のことも好意的に思っている」

「じゃあ、どうして……」


 彼女の言うことに嘘はない。


 たったの一年間、されど一年間。大翔は彼女のことを見続けてきたのだ。


 冗談こそ口にするが、嘘を言ったことは一度もなかった。


 飄々とした態度ではあるが、その実物事には真摯に向き合う人のはずだった。


 彼女の言うことに嘘はない。


 だが、今の彼女の胸の内には、言葉にしていない思いがある。


 言葉の裏に隠した、彼女の本音が見えてこない。


「佐藤君は何も悪くない。いや、誰も悪くない。けれど、その好意を受け取るわけにはいかないんだ」


 ふと、陽菜は空を見上げた。鮮やかに染め上げたオレンジ色の空に、黒く色づいた雲が流れていく。


 春も間近に迫ったとはいえ、屋上を吹き抜ける風は強く、そして冷たさをはらんでいる。


 そうして、陽菜は聞こえよがしに呟いた。


「どうせどこかで見ているんだろう? そろそろ顔を出したらどうだい?」


 陽菜が見上げた頭を水平に戻す。


 彼女の顔から、表情は消えていた。


「そうだろう? 逆巻ひじり」

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