初めてのUFOキャッチャー

「いやあ、悪いねえ」


「陽菜先輩、向いているとかそういうレベルじゃないですよ。実はこれ練習してたでしょ?」


 賭けは陽菜の勝ちだった。それも、結果発表の画面に移る前から結果が分かり切ってしまうほどに圧倒的だった。


 項垂れながら大翔が陽菜を睨みつける。


 陽菜のミスが少ないのもそうだが、それ以上に、ミスをしても一切崩れないメンタルの強さが勝敗に直結した印象に思えた。


 少し恨めしそうにする大翔に、陽菜は勝ち誇った表情で言う。


「いやいや、本当に音ゲーはやったことはなかったよ。それに、練習してくるのなら、もう少し細かい部分を詰めてからくるよ」


 弾んだ声で陽菜は言った。彼女の声色からして、嘘はついていないようだ。


 きっと彼女が言った通り、音ゲーに触れるのは今回が初めてだし、練習すればさらに上手くできるのだろう。


 このまま負けっぱなしというのも悔しいので、今後こっそり練習することにする。陽菜が受験勉強で躍起になっている今の内がチャンスだろうかと思いながら、大翔はバチを陽菜から回収して袋に直した。


「さて、そろそろ他のやつやってみましょうか」


「そうだね。せっかくたくさんあるわけだし、店内を見て回ろうか」


 陽菜が辺りを見渡す。


 まだ二人は入り口に入ったばかりだ。少し中に入ればもっと他のゲームもあるだろう。


 そう思い、足を踏み出した二人を、大量のゲーム筐体が出迎える。


 出迎える、のはよかったが……。


「見事にUFOキャッチャーばかりだねえ」


「そりゃあ、ゲーセンといったらやっぱりこれですよね」


 入り口の音ゲー以外これしかないのかといわんばかりに、UFOキャッチャーの筐体が列をなし、壁を作り、フロアのほとんどを埋め尽くしていた。


 一口にUFOキャッチャーといっても、景品を持ち上げて取り出し口まで運ぶタイプに景品を吊り下げた紐を切るタイプ、景品の山をアームで崩して落とすタイプと様々だ。


「まあせっかくだ。ちょっとやってみようか」


「いいですね。何か欲しいものとかありますか?」


「そうだねえ……」


 陽菜が少し景品の内容を思い返す。アニメキャラのフィギュアや動物のぬいぐるみ、山積みにされたエナジードリンクと、ラインナップはかなり多い。


 これまで自分の趣味を明かさなかった陽菜が、どのようなものを選ぶのか気になって、大翔は陽菜に景品のチョイスを促した。


「こういうのとか、よさそうだね」


 元来た道を少し戻って陽菜が選んだのは、巨大な箱に入ったお菓子が景品としてぶら下げられているものだった。棒の先端につけられたボールにぶら下がる菓子を、片方だけになったアームを引っかけて落とすと獲得となるらしい。


「先輩、お菓子とか食べるんですか?」


 アクリル板に貼られた景品獲得のコツと書かれたシールを、しげしげと見つめる陽菜に質問する。普段生徒会室でブラックコーヒーを愛飲する彼女に、お菓子を食べるイメージがまるで沸かない。


 とはいえ、今日初めてゲーム好きを明かされたくらいなのだから、別にお菓子を食べることくらい、意外でもなんでもないのかもしれないが。


「普段はあんまり食べないんだけれど、勉強中の糖分補給によさそうだと思ってね」


 その時、ほんの少しだけ、陽菜の声色が揺らいだ。


 嘘ではない。だが、それだけが理由ではない。


 彼女のことだ。フィギュアやぬいぐるみを家に置くことがなかったのかもしれない。そもそも、彼女はアニメキャラをどれだけ知っているのだろうか。


 だから、そういったものに興味を示さなかったことまでは別にいい。


 別にいい。が――。


 そこで大翔は頭に浮かんだ疑問を振り払った。今はせっかくの彼女との時間を楽しみたい。


「とはいえ、この大きさだと食べきれるか心配だね。もし取れたら半分手伝ってくれないかい?」


「いいですよ。じゃあ交互に操作するのはどうですか?」


「いいねえ」


 それから二人は、音ゲーの時とは打って変わって協力プレイに勤しんだ。時に片方が筐体の横からアームの位置を覗き込み、時にアームの開き具合や狙う目安を教え合い、初めて見る形式のUFOキャッチャーを相手にああでもない、こうでもないと悪戦苦闘する。


 千円札を二枚小銭に崩し、そのほとんどが吸い込まれていったあたりで、大翔の操作するアームが見事お菓子の箱を筐体の底に叩き込んだ。

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