ギラギラのビカビカ

「で、ここですか」


「ああ、予想外だろう?」


「確かに、これは思ってなかったですね……」


 大翔が目線を正面に戻しながら、正直な感想を呟く。


 目の前から放たれる空気感は異彩を放ち、明確な境界線が引かれているわけでもないのに、背後に広がる呉服店や靴屋とは明らかな温度差を感じた。


 夏休みも半ばに差し迫ろうかというところの八月の初週。陽菜の提案で二人がやってきたのは、市街地に出たところにあるショッピングモールの最南端に位置する、市内でも一、二を争う大きさのゲームセンターだった。


「ていうか、先輩ゲームとかするんですね」


 今まで知らなかった彼女の一面を目にして、大翔は思わず疑問を投げかける。


「始めたのは去年からだけどね。それに、ゲーセンに入るのはこれが初めてだよ」


「そうなんですか?」


「だからこそ、ちょっと興味があったんだよね」


 そう話す陽菜の表情は明るく、声色もどこか弾んでいる。


 どうやらゲームをやっていることも、今回が初めてのゲーセンだということも、なにより、大翔と一緒にこの場所に来ることを楽しみにしていたことは本当のようだ。


 あちこちで鳴り続けるゲームの稼働音、スピーカーから流れる店内放送、そして、集まった来客の声。


 ゲーセン独特のやかましさを一身に浴びながら、それでも興味と好奇心が勝るようで、陽菜はお構いなしにゲーセンの中へと足を運んでいった。


 ……と思いきや、店内に入って早々、彼女の足はぴたりと止まる。


「なんだい? これは」


 陽菜の眼に真っ先に飛び込んできたのは、横に二つ並んだ太鼓だった。その間にぶら下がった袋には四本のバチが入っている。太鼓を叩くバチにしては妙に細いそれは、どちらかといえばドラムスティックのような様相だった。


 画面には太鼓から手足の生えたキャラクターが、笑顔で手にした二本のバチを振り回している。


 しげしげと初めて見るゲームを眺めている陽菜に、後ろから大翔がそのゲームについて説明した。


「ああ、音ゲーですね。けっこう有名なやつですけど、陽菜先輩は見たことないですか?」


「一応知ってはいたけれど、実物を見るのはこれが初めてだね。なるほど、こうして見るとけっこう大きいものだ」


「せっかくなんですし、ちょっとやってみましょうか」


 大翔はそう言うと、音ゲーの筐体に百円玉を二枚入れた。チャリンチャリンと音が鳴り、小銭が吸い込まれていくと同時に、画面が突然切り替わる。


 陽菜を左側の太鼓の前に立つよう促し、袋から引っ張り出したバチを二本手渡した。


「先輩はそっちで、一回太鼓の面を叩いてみてください」


「こう、でいいのかい?」


 陽菜がトンと軽く太鼓を叩くと、大げさな音と共にプレイヤー選択画面の太鼓のキャラが動き始める。


 その隣で大翔が右側の太鼓を同じように叩くと、太鼓のキャラがもう一人現れて同じような動きをし始めた。


 チュートリアルで一通り操作方法を確認すると、なるほどと陽菜が一言呟いた。


「それじゃ、手始めに一曲やってみましょうか。先輩は何か好きな曲とかは知ってますか?」


「私はあまり最近の流行りなんかには疎いからねえ……。あ、でもこの曲は知ってるよ」


「じゃあ、これにしましょうか。難易度は、やさしいは流石に簡単すぎるでしょうから普通で」


 大翔の主導で選曲と難易度選択が終わると、ついにゲーム画面に移る。


 操作そのものはさほど難しいものではない。白い円に向かって飛んでくるアイコンを頼りに、赤いアイコンは太鼓の面を、青いアイコンは太鼓の縁を叩く。たったそれだけのゲームだ。


 それだけという単純なシステムだからこそ、誰でもすぐに楽しめるゲームとして、今日までゲーセンの顔のような存在として設置され続けているのだろう。


 それを差し引いても、陽菜の飲み込みの早さは異常だった。


 大翔もそこまでゲーセンに行ったことはないし、このゲームも数えるほどしかやったことはない。チュートリアルも陽菜に操作方法を教えつつ、自分も一緒になって操作方法を確認し直していたくらいだ。


 それでも、一度もやったことのない陽菜よりはできる自信はあった。最初の一回くらい、彼女にはいい顔をしておきたい。


 そんな思いで臨んだ一曲目から、二人のスコアに大きな差はなかった。一応大翔の方が高得点を出したものの、陽菜が初めてゲームに触れるということを考えると素直に喜べない。


 曲が終わったところで、大翔から感嘆の声が上がる。


「……先輩、上手いですね」


「こういうのは向いているみたいだね。でも、今のはもう少し操作ミスを減らせたかな」


「まださらに上手くなるんですか……」


 口角を緩ませながら陽菜が言う。彼女のその言葉に、大翔は内心ひやりとした。もしかしたら次の次か、あるいは次にはもう追い抜かれているかもしれない。


「そうだ。次の曲でちょっと賭けてみないかい?」


 次の選曲で唸りながら、ふと陽菜が呟いた。


「二人プレイで支払った二百円。次の曲で得点が低かった方が支払うってのはどうだい?」


 その言葉に大翔がぴくりと反応する。ゲーム代は最初から自分が支払うつもりだったから賭け自体はいいが、初心者の陽菜に負けるイメージがどうしても頭をよぎってしまう。


 だが、ここで引くのは男が廃る。


「……いいですね。負けませんよ? ……あ、この曲とか先輩知ってます?」


「ああ、これから聴いたことがある。次はこれにしようか」


 陽菜が了承したのを確認し、大翔は次の曲を選択した。


 次に選択した曲は、実は大翔が最近よく曲だった。


 涼から勧められるがままに聴いてみて、そのままどっぷりリピート再生を繰り返してしまうような曲だ。ゲームの腕前で上回るのが難しいのであれば、曲の理解度で勝負に出る。


 ゲーム画面に遷移し、二人の譜面が映し出された。

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