第五章 陽菜との夏休み(二)
大翔の結論
退屈な校長先生の長話を適当に聞き流しているうちに、一学期の終業式は終わった。教室で担任から連絡事項を聴いた後、解放された生徒達は一か月以上ある夏季休暇に胸を弾ませながら次々に廊下に躍り出る。
そんな中、大翔は校舎の玄関へ向かっていく人混みに逆らいながら、いつものように生徒会室へと向かっていく。
今年何度も足を運んだ生徒会室までの道のりは体が覚えてしまい、もう目を閉じていても辿りつけそうなほどだ。あっさりとたどり着いた生徒会室の扉を躊躇いなくノックし、ドアノブに手を掛ける。
「失礼します」
「やあ、終業式だっていうのにここに来るなんて、佐藤君もよほどここが気に入っているようだね」
入室する大翔の挨拶に応答するのは、生徒会長の陽菜だった。彼女は部屋の一番奥、生徒会長用の椅子に座り、生徒会室にこっそり置いていた教科書類を整理していた。
やっぱり、彼女はここにいたかと、大翔は内心安心した。
冗談めかして言う陽菜に、大翔も冗談めかして返す。
「何かまずかったですか?」
「いいや、別に? こんな日にも足を運ぶくらい、ここを居心地のいい場所と思っていてくれているなら、私は嬉しいよ」
「なんだかんだ、高校生活始まってから教室の次にいますからね」
作業を続ける手元を止めないまま、陽菜は笑う。仕事のない日は生徒会役員のたまり場となっている生徒会室も、さすがにこの日は誰も来ていないらしい。
大翔も大翔で、別に生徒会室に用事があったわけでも、居心地のいいたまり場として使おうとしたわけでもなく、ただ陽菜がいる場所を訪れようとしただけなのだが。
「そういえば、夏休み中の予定も特に聞いていませんが、夏休みの間も特に仕事はないんですか?」
「さすがに夏休みになってまで、学校に来なきゃいけないほどの仕事はないよ」
夏休みに入る前から薄々感づいてはいたが、やはり生徒会も夏休みは長い休みに入るようだ。
つまり、ここで何も行動を起こさなければ、大翔は一ヶ月以上、陽菜と会うことはなくなる。
それを回避するべく、大翔は口を開いた。
「そうだ、先輩。もし時間があれば、この夏休みにどこかに遊びに行きませんか?」
大翔の口から、するりと遊びの誘い文句が飛び出していく。
そもそも大翔は、ここで行動を起こすために生徒会室に足を運んだのだ。一学期最後の日に、陽菜の顔を見るためだけにここに来たわけではない。
見た目こそ平静を装ってはいるものの、内心穏やかではない。
息苦しさで胸が詰まる。
心臓が口から飛び出そうだ。
自分の心音がやかましいくらいに響く。
「いいねえ」
彼女の静かな一声が、すんと耳に届く。
チェシャ猫ばりに口角を歪ませ、陽菜が笑みを浮かべる。
大翔の誘いに、陽菜は思った以上にすんなりと了承した。
だが、まだ安心するわけにもいかない。というよりも、むしろ本番はここからだ。
「といっても、どこに行くかとかは、あんまり考えてないんですけれど……」
「行きたいところとかもないのかい?」
きょとんとする陽菜に対し、大翔は頬をかいた。
それもそうだ、遊ぶ提案をしておきながら、その内容を何も考えていないというのは不自然だろう。疑問に思う陽菜が先に口を開くよりも早く、大翔は弁明の言葉を述べる。
「そりゃあありますけど、陽菜先輩は今年受験がありますし、さすがにそう遠出とかはしない方がいいんじゃないかなって思いまして。かといって、この近くで遊べるような場所といっても、けっこう限られてきますし……」
それらしい言い訳をつらつらとあげていくが、実際には違う。
ひじりから提案されてからずっと考え続けたが、結局大翔は、陽菜が喜びそうな遊び場所を思いつくことができなかったのだ。
彼女の趣味や嗜好を窺い知るには、日頃の会話は不十分すぎた。普段の自分を隠しているのかと思うほど、彼女は彼女の私生活を話題に出さない。
陽菜の好きそうなものを茉莉香に聴き出そうかとも考えたが、彼女から返ってくる反応と返答は大体予想できてしまったため止めた。
だったらいっそのことと、大翔は考え方を逆転させた。
「ならもう、陽菜先輩に行きたいところを決めてもらった方がいいかもなと思いまして」
「私の行きたいところかい?」
陽菜のおうむ返しに、大翔はこくりと頷いた。
行きたい場所を本人から直接聞き出せば、間違いなく陽菜の行きたい場所を選ぶことができる。
丸投げな姿勢はそれらしい言い訳で誤魔化した。あとはそれを彼女がよしとするかどうかだ。
「そうだねえ……。それじゃせっかくだし、私の行きたいところを提案させてもらおうか」
顎に手を当て数秒考えた後、陽菜はぽつりと呟いた。
彼女の返事に大翔は内心ガッツポーズした。もちろん、現在進行形で平静を装っているため、彼の体は微動だにしていないのだが。
「ただまあ、佐藤君の想像とは少し違う場所だとは思うけどね」
「え?」
意味深な言葉を吐きながら、陽菜はにやりと笑みをこぼした。
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